弁護士 秋山亘のコラム

2019.12.09更新

農地転用許可申請協力請求権の消滅時効

 

 

<事例>

(1)A氏は、知人B氏から畑地を買い、代金全額を支払い、土地の引き渡しも受けました。購入後は、畑地に家を建てる予定で、必要書類が整い次第、転用許可申請を行う予定でしたが、知人B氏が許可申請に協力してくれないため、申請を行えないまま、9年が経とうとしています。

 このまま、知人B氏が申請に協力してくれない場合は、どのようになってしまうのでしょうか。

 (2) 知人B氏が申請に協力してくれないまま、10年が経過してしまった場合には、どうなるのでしょうか。

<回答>

1 (1)について

 農地を売買して宅地に転用するには、農地法第5条により、売主・買主の双方が農業委員会に対し申請をし、転用目的で売買することの許可を得なければならない。

 転用の許可を得ずになされた売買は、たとえ代金の授受が為されていても法的には所有権移転の効果は生じないとされている。また、刑事罰の対象にもなるので注意が必要である。

 もっとも、売買契約が締結され、代金の完済が為されている以上、売主は、法的にも許可申請に協力する義務を負っている。

 この許可申請協力義務が消滅時効にかかるかどうかについて、かつては、争いがあったが、最高裁昭和50年4月11日(判時778号61頁)は、肯定説に立つことを明らかにしている。

 従って、このままB氏との連絡が付かないまま、10年が経過すると、将来、B氏から許可申請協力請求権は10年の民事消滅時効にかかっているとの主張をされる可能性がある(なお、当事者の一方が会社である場合には商事時効として時効期間は5年となる)。

 従って、A氏としては、10年が経過する前に、B氏に対し、許可申請への協力を求めて訴訟を提起する必要がある。この訴訟で請求認容の勝訴判決が確定すれば、単独でも許可申請を行うことができる。

2 (2)について

 (2)の場合には、10年が経過しているため、許可申請協力請求を求めて、B氏に対する訴訟を提起しても、B氏からは消滅時効の主張をされる可能性が出てくる。

 もっとも、下級審の裁判例の中には、このような売主側の主張を認めるのは不合理だとして、信義則違反や権利の濫用を理由に売主側の時効の主張を排斥するものもある(東京高判昭和60年3月19日・判タ556号139頁、東京高判平成3年7月11日判時1401号61頁等)。

 裁判例は、その理由として、代金が全額支払われていること、買主側に特に権利の行使を怠ったような事情がないことなどを挙げているが、裁判所が権利濫用や信義則違反の主張を認めるのは、結論が著しく不当な場合などに例外的に認める救済措置に過ぎないことから、時効期間が経過する前に是非とも訴訟を提起しておくべきであろう。

 なお、売主側の時効主張が認められた場合には、その時点で、法定条件の不成就が確定する為、売買契約は無効となる。したがって、買主は、売主に対し、売買代金の返還請求をすることになる(なお、この売買代金の返還請求権は、売主が許可申請協力請求に対し消滅時効の援用をしたときから10年で時効消滅する)。

投稿者: 弁護士 秋山亘

2019.12.02更新

任意売却のメリット・被相続人が死亡した場合の任意売却の方法

 

 

(質問)

 ある不動産を所有している債務者が死亡したのですが、その相続人は全員相続放棄をしたため、相続人が誰もいなくなってしまいました。

 その不動産には多額の抵当権が設定されていて、亡くなられた債務者の方とは任意売却の交渉をしていたところでした。

 1 このような場合、死亡された債務者の不動産については、どのように処  分したらよいのでしょうか。

 2 また、任意売却は競売とどのように違うのでしょうか。任意売却のメリ  ットを教えてください。

(回答)

1 質問1に対して

  近年多額の債務を負ったまま亡くなられる方のケースが増えています。  そして、このようなケースでは、相続財産よりも負債の方が大きい為、相続人も相続放棄をしてしまうケースが多くなっております。

(1) このようなケースでは、まず確認のため相続人から家庭裁判所の相続放棄申述の受理証明書の交付を求めて下さい。相続人が相続放棄をしたといっても、被相続人の死亡を知ったときから3ヶ月以内に家庭裁判所に相続放棄の申述をしないと、相続人は被相続人の財産を相続したものとみなされます。

  相続人が上記期間内に家庭裁判所へ相続放棄の申述をしていなかった場合は、相続財産や負債は上記申述をしていない相続人が相続しものとみなされますので、この相続人と任意売却の交渉をすることになります。

(2) 相続人全員が相続放棄の申述をしていた場合、任意売却を進める手だてとしては、被相続人の住所地の家庭裁判所に「相続財産管理人」の選任を申立し、家庭裁判所から選任された相続財産管理人と任意売却の交渉をすることになります。

 なお、相続財産管理人の選任を申立てることができるのは、「利害関係人」に限られますが、被相続人の債権者(抵当権者)はこれに該当します。

(3) 以上が任意売却をする場合ですが、債務者(被相続人)が死亡した後に当該不動産を競売する場合も同様です。相続財産管理人を相手に競売を申し立てます。

  

2 質問2に対して

(1)抵当権者が不動産を売却して債権を回収する手段としては、競売と任意売却の2種類があります。

任意売却は、債務者(不動産の所有者)、抵当権者(後順位抵当権者を含む)の同意を得て不動産を売却し、売却代金を債権の弁済にあてるというものです。

  後順位抵当権者には、通常判子代といって登記抹消同意料を支払って抵当権設定登記を抹消してもらいます。判子代は通常10万から100万で、この判子代をめぐって後順位担保権者と交渉をします。 

 この他に、債務者が税金の滞納をしており差押え登記がされている場合は、税務署や市役所の納税課等との間で差押えを取り下げてもらう代わりにいくら弁済するのかをめぐって交渉が必要になります。

(2)任意売却のメリット

(ア)任意売却は、債権者(抵当権者)にとっては以下のメリットがあります。

① 競売より高く売れること

競売の場合、時価の7割程度の金額が最低売却価格となります。

そして、競売の場合、競落人(買主)は建物の中を見れないので、一般に時価よりも低い価格(最低売却価格+α)でしか競落されません。

② 短期間で売却し債権回収ができること

任意売却の場合、関係者の合意が得られれば、その時点で売却で債権の回収ができます。

しかし、競売の場合には、手続き終了まで早くて1年から2年もかかってしまいます。

(イ)他方、不動産購入者にとっても以下のメリットがあります。

① 希望物件を確実に取得できること

競売の場合、第三者に落札される危険もあります。また、建物の中を見れないので、建物の傷み具合などは分からないまま落札しなければなりません。

② ローンが組みやすいこと

競売の場合、金融機関によってはローンが組めない場合があります。

任意売却の場合は、この点でも安心です。

③ 建物から債務者が任意に退去することを期待できること

競売の場合、債務者が建物から任意に退去しない場合があります。

このような場合、手続きが長期化することはもちろん、競落後、購入者は、決して安くない費用をかけて債務者を強制的に退去させる手続きをしなくてはなりません。

任意売却の場合、債務者(所有者)も不動産の売却に納得済みですから、任意に退去することが期待できます。また。これを条件に売買契約を結ぶことも可能です。

(3)任意売却のデメリット

以上のようにメリットは大きい任意売却ですが、債務者や後順位抵当権者、差押えをした租税機関等の同意が得られることが必要条件ですので、後順位抵当権者や国税等が頑強に任意売却に同意しない場合には、競売に移らざるを得ません。競売になれば一銭も得られないはずの後順位抵当権者や国税等ですが、この点を強調しても、任意売却にそう簡単には応じてくれません。

投稿者: 弁護士 秋山亘

2019.11.18更新

抵当権者による賃料債権に対する物上代位

 

 

第1 問題の所在

抵当権は抵当目的物の交換価値(担保価値)を把握する権利ですから、何らかの理由により目的物の交換価値が現実化した場合、この価値代替物にも効力を及ぼすのが妥当です。このように、抵当権者が、目的物の滅失・毀損等によって債務者が受けるべき金銭その他の物から優先弁済を受けることを物上代位といいます(民法372条、304条)。

ところで、近時の不動産不況下においては、抵当不動産の競売によるよりも、抵当権設定者が抵当不動産を第三者に賃貸している場合の賃料債権に対して物上代位権を行使することによって債権の回収を図る方が簡便であることから、抵当権者が賃料債権に対して物上代位権を行使する例が増加しています。

しかし、賃料は、抵当不動産の法定果実であって、目的物の滅失・毀損によって債務者が受ける金銭等の価値代替物とは性質が異なり、物上代位の対象になるのかどうか問題とされてきました。

第2 賃料に対する物上代位

1.学説

この点、学説上は、物上代位権の法的性質をどう考えるかと関連して、賃料に対する物上代位を肯定する見解と否定する見解とが争われてきました。

肯定説は、抵当権の効力は交換価値の現実化した物にも当然に及ぶとの理解に立って、不動産の交換価値の「なし崩し的現実化」である賃料にも及ぶべきであると主張しました。304条が、賃料についても規定しているし、実質的にも、抵当不動産を競売するより、賃料から債権の満足を得る方が関係者の利益にも合致するというのです。

他方、否定説は、物上代位権は抵当権者保護のために認められた特権であり、あまり拡張的に認めるべきではないという理解に立って、目的物使用の対価である賃料に対する物上代位を認めると、抵当権設定者の使用収益権(賃貸権限)を害するので、認めるべきでないと主張しました。

2.判例

このような状況下で、最高裁判所は、平成元年10月27日に、賃料債権に対する抵当権の物上代位を認めても抵当権設定者の使用収益権を害さないと述べて、これを全面的に肯定する判決を下したのです。

第3 その後の動向

1 この判例が出てから、先に述べたように不動産価格の低落に伴い、抵当権者が賃料債権に対して物上代位権を行使する事例が急増することになりました。

しかし、他方で、抵当権設定者側の自衛手段として、物上代位を妨害するような行為も多発することになったのです。

2.賃料債権の譲渡

抵当不動産の所有者(賃貸人)が抵当権者による賃料債権の差押前に賃料債権を第三者に包括的に譲渡してしまうということがあります。抵当権者が物上代位権を行使するためには被代位債権をその「払渡し又は引渡し前に」差し押さえる必要があります。

この場合、賃料債権の譲渡が「払渡し又は引渡し」に該当するかどうかが問題となります(該当すれば、それに遅れた物上代位は認められないことになります)。

この点、学説上は見解が対立していましたが、最高裁判所は、平成10年1月30日、債権譲渡は「払戻し又は引渡し」には該当せず、抵当権者は、賃料債権が譲渡されても、賃借人が賃料を譲受人に支払ってしまわない限り、これに対して物上代位権を行使できるという判決を下しました。

3.賃料債権と賃借人の債権との相殺

次に、抵当不動産の賃借人が、抵当権の物上代位により差し押さえられた賃料債権と自己の賃貸人に対して有する一般債権とを相殺してしまうという事例が問題となりました。

物上代位による債権回収の利益と相殺による期待利益のいずれを優先させるべきかは困難な問題であり、下級審の判断も分かれていました。

この点、平成13年3月13日の最高裁判決は、物上代位により抵当権の効力が賃料債権に及ぶことは抵当権設定登記により公示されているから、抵当権者が物上代位権を行使して賃料債権を差押えた後は、賃借人は抵当権設定登記後に賃貸人に対して取得した債権と賃料債権との相殺をもって抵当権者に対抗できないとして、物上代位を優先させる判決を下しました。

4.転貸賃料債権に対する物上代位の可否

このように判例を見てくると、抵当権者による物上代位の範囲がかなり拡大される傾向にあるように思えます。しかし、次の判例では、物上代位の拡大傾向にやや絞りがかけられているようにも見受けられます。

最高裁決定平成12年4月14日の事案は、抵当権設定者が抵当不動産を賃貸し、賃借人が更にそれを転借人に転貸したところ、抵当権者が賃借人(転貸人)の転貸賃料債権に対して物上代位権を行使したというものです。

転貸賃料債権に対する物上代位の可否については下級審・学説上争われてきましたが、最高裁は、抵当不動産の賃借人(転貸人)はその不動産について物的責任を負う者ではないから自己の賃料債権を抵当権者に供すべきいわれはなく、転貸賃料債権を物上代位の対象とすると賃借人の利益を害するという理由で、抵当権者の転貸賃料債権に対する物上代位を認めませんでした。

このように、判例は、物上代位にも限界があることを認めて賃借人を保護したのですが、もちろん、物上代位を回避するために転貸借を仮装して、賃料債権に対する物上代位の実効性を失わせるという事態までが許される訳ではありません。上記最高裁決定も、「抵当不動産の賃借人を所有者と同視することを相当とする場合」には物上代位権を行使する余地を残すという安全弁を付けている点には注意が必要です。

投稿者: 弁護士 秋山亘

2019.11.11更新

賃料自動改定特約(その1)

 

 

1 賃料自動改定特約

 賃貸借契約の中で、賃料が自動的に改定されるという趣旨の特約が定められていることがあります。特にバブルの時期には、このような特約が定められたことがよくありました。特約のタイプとしては

①物価変動自動改定特約

②定額自動改定特約

③定率自動改定特約

④路線価変動自動改定特約

⑤固定資産税変動自動改定特約

などが挙げられます。

 このような特約は借地借家法第11条・32条(旧借地法第12条・旧借家法第7条)との関係で無効ではないかという問題が生じます。と申しますのは、これらの規定は賃料増減額の要件を定めたもので強行規定(規定違反の行為の効力を失わせる規定)と解されているところ、特約は、賃料増額の要件を定めた法の趣旨を没するものとも考えられるからです。

2 裁判例

 賃料自動改定特約についての裁判所の考え方はどの様なものでしょうか。

 裁判所は、自動改定特約だからといって当然に無効とはせずに、当該特約を個々の事例にあてはめた結果、賃借人に著しく不利益であるなどという特段の事情がない限り特約は有効と考えている様です。

 この様に特約の効力は「当該賃借人に著しく不利益かどうか」という個々の事情により判断されますので、特約を定めるにあたり、借地借家法11条32条の趣旨に反しないように工夫する必要があります。少なくとも、値上げ後の賃料が近隣相場に比べて相当に高くなってしまうという様な特約は避けるべきでしょう。

 最高裁判所昭和44年9月25日は「固定資産税変動自動改定特約」について、特約条項としては有効であると認めつつ、「当事者の意思は、契約当時存在した事情と著しく異なる場合にも、その基準によるという意思ではない」として、特約の適用を制限しました。右の裁判例は、「賃料」の相当性を判断する際に、個々の事案において「具体的に考える」という裁判所の基本的姿勢を示したものと思われます。

  裁判所は、バブルの時期に定めた基準を機械的に当てはめることはせず、契約で定めた基準を適用して妥当なものについて、自動改訂条項を認めているものと言えるでしょう。

  したがって、このような賃料の自動改訂条項があっても、新賃料が著しく高額となり妥当とは思われないような場合は、貸主と交渉をしてみる必要があるでしょう。

投稿者: 弁護士 秋山亘

2019.11.05更新

賃貸人の民事再生と賃借人の相殺権について

 

 

(事例)

  Xはその所有ビルを家賃1ヶ月10万円、敷金50万円でAに賃貸していたが、賃貸人Xは民事再生の開始決定を受けた。

(1) このような事例でAの敷金返還請求権は保護されるのか?

(2) AがXに対し売掛金債権100万円を有していた場合、賃料の支払い義 務と売掛金債権との相殺を賃貸人Xに対し主張することができるか。

(回答)

1 (1)賃借人の敷金返還請求権の保護について

賃借人の敷金返還請求権は、民事再生手続き上でも、賃貸借契約が終了し明け渡しが完了することを条件に発生する停止条件付きの再生債権となるのが原則です。

したがって、賃借人は、賃貸借契約が終了し明け渡しが完了する前には、敷金返還請求権と賃料の支払い義務の相殺を主張することではできません(この点は、前回の賃貸人破産の場合と同様です)。

よって、再生債権となりますので、民事再生計画の認可によって、将来の敷金返還請求権は権利変更されることになります(すなわち、再生計画に従い、他の債権と同様に敷金返還請求権も債権額が圧縮されます)。

しかし、今回の民事再生法の改正により、賃借人が以下の条件を満たしている場合には、敷金返還請求権を共益債権とすることができるようになりました(改正民事再生法92条3項)(すなわち、再生計画に関わらず共益債権として権利変更の対象にならないことになります)。

① 民事再生手続の開始後に弁済期が到来する賃料債務について、手続開始後その弁済期までに弁済していること

② 手続開始時の賃料の6ヶ月分相当額の範囲内で、かつ、当該弁済額の限度内のものを、共益債権とする。

 したがって、民事再生手続の開始後に発生する賃料債務について、各弁済期までに、賃料債務を6回分現実に弁済した場合(後記(2)のように賃料債務と売掛金債権と相殺をした場合は上記要件の弁済したことにはなりません)には、賃料の6ヶ月分相当の敷金返還請求権が共益債権になります。6ヶ月分を超える敷金返還請求権は共益債権にはなりません。また、弁済期までに弁済しなかった賃料についても、たとえ弁済しても上記の6回分にはカウントされませんので注意してください。

2 (2)売掛金債権との相殺権について

本件のような事例で、賃貸人破産のケースでは、賃借人は、賃貸人への売掛金債権と賃料支払義務を無制限に相殺できるので、100万円の売掛金と10回分の賃料支払義務の相殺を賃貸人Xに対抗できることは前回説明しました。

これに対し、民事再生法では、賃借人は、無制限に相殺を主張できるのではなく、以下の条件を満たしている場合にのみ相殺ができるので、注意が必要です(民事再生法92条)。

① 民事再生手続開始後に弁済期が到来すべき賃料債務のうち、手続開始時の賃料の6ヶ月分相当額の限度額のものを受動債権とすること

② 債権届出期間の満了時までに、売掛金債権の弁済期が到来するなど相殺適状(売掛金の支払い義務が現に生じている状態のこと)となること

③ 債権届出期間の満了時までに相殺の意思表示をしていること

したがって、本件では、上記①~③を満たしている限り、賃料の6か月分である60万円分の売掛金債権については賃料支払義務との相殺が可能となります。

なお、相殺の意思表示は、上記③のとおり、債権届出期間の満了時までに行わなければなりませんので、この期限を過ぎないよう注意が必要です。また、相殺の意思表示は内容証明郵便などで行っておくべきでしょう。

 また、民事再生手続開始後に弁済期が到来すべき賃料債務との相殺については上記①のとおり、6か月分という量的制限がありますが、手続き開始前に弁済期が到来している未払賃料との相殺は、上記①のような量的制限なく行うことができます。したがって、民事再生開始決定までに、4か月分の賃料を未払いとしていた場合には、上記①による60万円分の相殺とは別に、4か月分の未払賃料にあたる40万円との相殺もできます。

 なお、上記は、担保権者が物上代位権により賃料の差し押さえ手続きをしていない場合についての取り扱いです。担保権者が賃料債権を差し押さえてきた場合には、前回の賃貸人破産の場合の説明と同様に、賃借人の売掛金の取得時期が担保権設定登記の時よりも後の場合には、相殺の主張を差し押さえ担保権者に対抗できません。

投稿者: 弁護士 秋山亘

2019.10.28更新

賃貸住宅の原状回復について

 

 

1 原状回復義務の内容

 使用開始当時の状態に復することではない。

 社会通念上通常の使用方法に従って使用した場合、経年変化・通常損耗による損耗したそのままの状態で返還すればよい

2 特約の効力

原状回復義務を超えた修繕義務等を賃借人に負わせた特約(例:クリーニング代)は、通常単に賃貸人の修繕義務を免除する意味しか有せず、特段の事情がない限り原状回復義務義務以上の義務を課するものではないとされている。

 特段の事情=特約の必要性、暴利的でないこと、賃借人が通常の原状回復義務以上の義務を負うことを認識していること

3  問題点

① 通常の使用により生ずる損耗に当たるのか、それとも賃借人の故意過失、善管注意義務違反、その他通常の使用を超える使用かどうかの認定

・家具の設置跡、電気ヤケ、たばこヤケやたばこのヤニ、コーヒーをこぼした跡

②通常使用により発生し、その後の管理等が悪く発生・拡大した損耗をどう考えるか

③ グレードアップの問題(賃借人に補修等をさせた場合、「原状」よりよくなり賃貸人が不当利得をすることにならないか。耐用年数と残存価値)

・フローリングの一部補修、襖紙・障子紙・畳表

④  毀損部分と補修箇所にギャップがある場合、どの範囲まで補修をするのか

・壁等のクロス

4 紛争予防・・・・契約時のチェックリストの作成

5 参考文献   『賃貸住宅の原状回復を巡るトラブル事例とガイドライー敷金返還と原状回復義務ー』(財)不動産適正取引推進機構著(大成出版)

投稿者: 弁護士 秋山亘

2019.10.21更新

賃貸借契約の解除と無催告解除特約・失権約款

 

 

<質問>

 賃貸借契約書に「1ヶ月分の家賃の滞納があった場合には、賃貸人は直ちに契約を解除することができる」(無催告解除特約)或いは「1ヶ月分の家賃の滞納があった場合には、当然に契約が解除される」(失権約款)がある場合に、このような規定に基づいて、賃借人の1ヶ月分の家賃の滞納を理由に賃貸人が契約を解除することは可能でしょうか。

<回答>

1 賃貸借契約解除の要件と手続き

一般に、契約を解除するには、相手方に債務の履行を催告し、その催告期間内に債務の履行がない場合に解除できるのが原則です。具体的には、配達証明付内容証明郵便などで「本書面到達後、5日以内に滞納賃料○○円を支払って下さい。万一、支払いがなければ上記催告期間の経過をもって、本契約を当然に解除します。」と通知するのが一般的です。

また、賃貸借契約のように継続的な法律関係を前提とする場合、契約の解除をするには、単に軽微な契約違反があるというだけでは足りず、当事者間の信頼関係が破壊していると見られる客観的な事情が必要(信頼関係破壊の法理)とされています。具体的には、1~2ヶ月分の賃料の滞納があったというだけでは足りず、3ヶ月分以上の賃料の滞納が必要と考えられ、また、一度はその支払いを催告しても支払いが全くなされないという事情が必要でしょう。

2 無催告解除特約

 ご質問の無催告解除特約は、上記の原則に対して、賃借人に対し、一定期間内に債務を履行するよう催告する手続きを要せずに、直ちに契約を解除することができるという特約です。失権約款との違いは、催告は不要でも解除通知は必要になりますので、解除通知が賃借人に到達するまでは賃貸借契約は終了しません。

 このような無催告解除特約の有効性に関して、判例は、前記の信頼関係破壊の法理を準用して当然に有効とはせず、「催告をしなくてもあながち不合理とは認められないような事情が存する場合」にのみ有効としております(最判昭和43年11月21、民集22・12・2741)。したがって、例えば、1ヶ月の滞納で無催告解除が出来るとされている場合でも3ヶ月分以上の家賃の滞納がある場合、又は、1ヶ月~2ヶ月の滞納を頻繁に繰り返しており、賃貸人からもそれなりの解除に向けた警告が発せられている場合に無催告解除が有効になると考えられます。

3 失権約款

 上記の無催告解除特約をさらに推し進めて、一定の解除事由の発生をもって解除通知さえ要せず当然に契約が終了するというのが失権約款です。

 この失権約款の有効性に関して、判例は、上記の無催告解除特約よりも更に要件を厳しくして「当事者間の信頼関係が賃貸借契約の当然解除を相当するまで破壊された場合にのみ有効」としております(最判昭和51年12月17日民集30・11・1036)。

 したがって、失権約款が認められるのは、例えば、1ヶ月分の賃料の滞納があるだけでは足りず、例えば、賃料の滞納が半年~1年とある程度長期に渡るなどの場合に限られます。

そのため、賃貸人としては、失権約款は、あくまでも、賃借人に対し「家賃を1ヶ月でも滞納すると当然に解除されるかもしれない」という心理的効果を与えるための条項として理解し、実際に契約を解除する場合には、通常通り、家賃の支払いを最低一度は催告して、それでも支払いがない場合に解除通知を出すという手続きを踏んだ方が無難だと考えられます。

投稿者: 弁護士 秋山亘

2019.10.15更新

申込証拠金の法的性質と返還義務

 

 

1  はじめに

 マンション、建売住宅、造成宅地の分譲等、購入申込の受付に際して、分譲業者が購入希望者から「申込証拠拠金」として、一定の金額を受領することが行われている。

売買契約が成立すれば、手付けの一部として又は売買代金の一部として充当されるため特に問題は生じないが、買い主がその後当該物件を購入しなかった場合には、この申込証拠金を返還するべきか問題となる。

2 申込証拠金の法的性質

(1)申込証拠金は、実定法上の概念ではなく、取引慣行として行われているもに過ぎない。

従って、基本的には、その内容を決めるのは、本来当事者間の合意内容と言うことになる。

しかしながら、実際の授受の際には、いかなる内容のものとして申込証拠金が受領されるのか、返還義務があるのか等は曖昧なまま受領されている。

(2)ただし、取引慣行に従えば、申込証拠金に共通するものとして、以下に述べる特徴がある。

 ① 授受の目的は、申込順位の確保と購入意思の真摯性の証明にあると言われる。

  ② 授受の時期は、具体的な売買契約の交渉が始まる直前に授受されることが多い。従って、申込証拠金の授受の段階では、契約成立に至っていないことが通例である。

③ 授受の金額は、3万円から30万円程度の幅があり一律ではないが、10万円程度の金額が多い。

④ 授受の名目は、申込証拠金のほかに申込金、予約金、売止金等と呼ばれている。

(3)なお、申込証拠金は、個々の取引事例における授受の目的、金額、時期によっては、手付けと解される余地は皆無ではないが、通常、売買契約の締結前に授受されるものであるから、いわゆる手付金とは異なる。

(4)法的性質に関する見解

このように申込証拠金については、実際の取り決め内容が曖昧であり実定法上の概念でもないため、その法的性質に関しても以下のように見解が分かれている。

① 申込証拠金は、解約手付けあるいは違約手付けとすることはできないが、その効力は、解約手付けに関する民法557条の規定を類推して、買主は差し入れた証拠金を放棄して自由に申込み意思を撤回できるとする見解(今西上祥郎監修『実例による不動産トラブル解決法』86頁)

② 申込証拠金は、予約契約の手付けと呼ばれる見解(幾代・山本『不動産相談』132頁)

③ 申込証拠金は、違約手付と見るべきとする見解(北川善太郎・及川昭伍『消費者保護法の基礎』256頁)

④ 申込証拠金は、特約のない限り、手付けと言うよりは、申込みを一時担保し優先順位を確保するための金銭であり、契約締結に至らないときは売主である宅建業者は返還する必要があるというもの(明石三郎ほか『詳解宅地建物取引業法』316頁、山岸ほか『ケース取引』4頁)

このうち、①から③の見解は返還義務を否定し、④は返還義務を肯定するものと解される。

3 返還義務

では、申込証拠金を授受し、契約不成立に至った場合、返還しなければならないのだろうか。

この点、取引実務においては、上記④の見解に従い購入希望者が申込意思を喪失した場合は、申込証拠金を全額返還するという処理が多く為されている。

また、各都道府県の不動産指導部でも、契約不成立の場合には全額返還するよう指導しているようである(昭和48年2月26日付建設省不動産室長通達も同旨)。

このような取引実務及び申込証拠金の授受の目的(順位確保、購入意思の真摯性)からすれば、申込証拠金の返還義務について特段の合意が為されていない場合は、上記④説のような全額返還説に従った処理が妥当だと思われる。

なお、以上に対して、申込証拠金の受領証などに、例えば「契約が成立しない場合には申込証拠金は返還しない」旨の特約を設けていた場合には、返還しないという処理ができる。

ただし、近年施行された消費者保護法からすれば、こうした条項も無効とされる可能性はある。特に、申込証拠金の金額が、通例に比して高額である場合には「全額返還しない」旨の条項は、無効とされる可能性は十分にあることに留意する必要がある。

投稿者: 弁護士 秋山亘

2019.10.07更新

消費者契約法第10条の適用により原状回復義務を賃借人負担とする特約を無効とした裁判例

 

 

(事案)

 Xは、平成10年7月、Yとの間で共同住宅の一室の賃貸借契約を結んだ。 同賃貸借契約には、自然損耗および通常の使用による損耗について賃借人が原状回復義務を負担すること及び賃借人が原状回復義務を負担する場合の回復費用の具体的な単価が記載されていた。

 同契約は、消費者契約法が施行された平成13年4月1日のあとである同年7月7日に更新の合意がなされた。

 その後、賃貸借契約は解除されたが、Yは、上記特約により、原状回復費用を敷金から控除すると返還される敷金はないと回答したため、Xは、預け入れ敷金20万円の返還を求めてYに提訴した。

 以上のような事案で、京都地裁平成16年3月16日判決(最高裁ホームページ掲載)は、

 ① 消費者契約法施行前に締結された賃貸借契約にも、同法施行後に賃貸  借契約が合意により更新された場合には、更新後の契約に同法の適用が  ある、

 ② 消費者契約法第10条により、自然損耗および通常の使用による損耗  に関する原状回復義務を賃借人に負担させる旨の本件特約は無効である、

 と判示し、賃貸人Yに敷金全額の20万円の返還を命じました。

(解説)

1 消費者契約法の施行時期と賃貸借契約の更新

消費者契約法の施行時期は平成13年4月1日です。

法律には不遡及の原則がありますから、法施行日以前に締結された契約には、法の適用がないのが原則です。

しかし、本裁判例は、「消費者契約法の施行後である平成13年7月7日に締結された本件合意更新によって、同月1日をもって改めて本件建物の賃貸借契約が成立したから、更新後の賃貸借契約には消費者契約法の適用がある」としております。

その理由として、裁判例は「実質的に考えても、契約の更新がされるのは賃貸借契約のような継続的契約であるが、契約が同法施行前に締結されている限り、更新により同法施行後にいくら契約関係が存続しても同法の適用がないとすることは、同法の適用を受けることになる事業者の不利益を考慮しても、同法の制定経緯および同法1条の規定する目的にかんがみて不合理である」と判示しており、賃貸借契約の継続性という特殊性に照らして、消費者保護法の趣旨は、更新後の契約にも及ぼすべきだと解釈しております。

本事例は、消費者契約法の施行後に合意更新が為されたケースですが、上記判断理由によりますと、法定更新のように合意によらない更新のケースでも、消費者保護法を適用すべきとの判断を下しているように思われます。この点は、法律の不遡及の原則からすれば、だいぶ思い切った解釈のように思われ、学説上は賛否が分かれるところかもしれませんが、消費者契約法の趣旨を現行の賃貸借契約に反映させる点を特に重視した判決例と言えます。

2 消費者契約法第10条の適用

 これまで、事業者と消費者の間には交渉力と情報に大きな格差があるため、消費者が不当な契約を強いられるといった批判がありました。消費者契約法は、この格差を是正し、消費者を不当な契約から守る目的で定められた法律です(消費者契約法の詳細は、本誌第17回で詳しく説明しております)。消費者契約法は、契約当事者の一方が「事業者」で他方が「消費者」である契約に適用されます。

そして、消費者契約法第10条では「消費者の権利を制限し、又は、義務を加重する消費者契約条項であって、民法第1条2項(信義誠実の原則)に反して、消費者の利益を一方的に害するものは、無効とする」と定めております。

 本裁判例では、本事例に消費者契約法第10条を適用した理由として、

①賃借人が、賃貸借契約の締結に当たって、明け渡し時に負担しなければならない自然損耗等による原状回復費用を予想することは困難であること(したがって、本件のように賃料には原状回復費用は含まれないと定められていても、そうでない場合に比べて賃料がどの程度安いのか判断することは困難であること)

②本件の契約書では、原状回復費用の単価は契約書に明示してあるが、建物明け渡し時に具体的にどの部分のどのような面積を原状回復しなければならないのか予測が困難であること、

③よって、賃借人は、賃貸借契約締結の意思決定に当たっての十分な情報を有していないこと、

④本件のような集合住宅の賃貸借において、入居申込者は、賃貸人または管理会社の作成した賃貸借契約書の契約条項の変更を求めるような交渉力は有していないから、賃貸人の提示する契約条件をすべて承諾して契約を締結するか、あるいは契約しないかのどちらかの選択しかできないこと、

  ⑤これに対し、賃貸人は将来の自然損耗等による原状回復費用を予想することは可能であるから、これを賃料に含めて賃料額を決定し、あるいは賃貸借契約締結時に賃貸期間に応じて定額の原状回復費用を定め、その負担を契約条件とすることは可能であり、また、このような方法をとることによって、賃借人は、原状回複費用の高い安いを賃貸借契約締結の判断材料とすることができること

を挙げ、自然損耗等による原状回復費用を賃借人に負担させることは、契約締結に当たっての情報力および交渉力に劣る賃借人の利益を一方的に害するものといえ、本件原状回復特約は消費者契約法10条により無効であると判示しております。

 本裁判例では、特に、建物明け渡し時の原状回復費用がいくらかかるのか、賃借人には、具体的に予測困難であることを重視し、同法の適用を認めているようです。

  これまでの裁判例でも、通常の居住用建物の事例における原状回復義務の特約条項(「契約時の原状に復旧」等の文言を使用)の解釈として、原状回復の義務付けられた損害に自然損耗等が含まれないとし、契約条項の制限解釈をした裁判例は、川口簡易裁判所平成9年2月18日判決(消費者法ニュース32号80ページ)、大阪高等裁判所平成12年8月22日判決(判例タイムズ1067号209ページ)他多数があり、裁判例の一般的な傾向にあると言えました。

 しかし、本事例のように、明文の条項をもって、自然損耗等についての原状回復義務を賃借人に負担させている場合、契約条項の解釈論としては限界がありました。本裁判例は、そのような中で消費者契約法の適用により正面から「自然損耗等についての原状回復義務を賃借人に負担させる」条項を無効とした点で、注目される裁判例です。

3 本裁判例の意義及び賃貸人としての今後の対応

 あくまで下級審レベルでの裁判例であり、最高裁判例とは異なります。 もっとも、最高裁のホームページでも紹介されているところを見ると、実務上は先例としての意義はそれなりに大きいと思われます。

 今後、賃貸人側としては、通常損耗や自然損耗について契約書の条文で賃借人負担とすることを明記しても、消費者との賃貸借契約では無効とされる可能性が十分にあることを考えなければなりません。

 したがって、賃貸人としは、通常損耗や自然損耗のリフォーム費用については毎月の家賃からの費用回収を前提に家賃設定をすることなどを考えなければならなくなる時代になったと言えるでしょう。

 あるいは、上記裁判例の理由⑤で示されているように、消費者契約法第10条が適用されないような契約書の記載方法としては、例えば、通常損耗分等として賃借人が負担する原状回復義務の履行費用を、居住年数に応じて「使用期間1年の場合金○○円」とするなど契約書上明記しておく方法が考えられます。このように負担金額が明記されていれば、消費者は退去時の費用負担を具体的に予測して契約を締結できることになりますから、上記裁判例で強調している①②の理由は当てはまらなくなりますし、上記裁判例でも、このような契約方法であれば、消費者契約法第10条の適用を避けられることを示しているように思われます。

 したがって、上記のような方法で退去時の費用負担額を具体的に明示していること、賃借人の負担金額も不合理ではない控え目な金額に止めていること、退去時の費用負担について分かり易い丁寧な説明を履行し確認書を別途取っておくこと、などの契約手続きをとっていれば、消費者契約法第10条により無効とされることもないと思われます。また、退去時のトラブルを避けるという意味でも有意義ではないかと思われます。

投稿者: 弁護士 秋山亘

2019.09.30更新

重要事項を告げなかった場合の宅建業者の責任

 

 

(事例)

 ある不動産業者は「海がよく見えるマンション」という売り出し文句で広告を出していた。そこで、海がよく見えるという点が気に入った買い主は、そのマンションの9階1部屋を不動産業者から購入した。

 しかし、その6ヶ月後には当該マンションの直ぐ隣に13階建てのマンションが完成し、購入者の9階の部屋からは海が全く見えなくなりました。

 このような場合不動産業者にはどのような責任が生じるのでしょうか。

(回答)

1 錯誤無効による契約無効

  民法95条の錯誤無効とは、例えば買主がA物件を買おうと思っていたが勘違いしていてB物件を買ってしまった場合や代金100万円だと思って契約書にサインしたがそれは勘違いで契約書100万ドルとなっていた場合等、契約条項は正しいのだけれども自分が勘違いしていたためその物件やその代金で買うつもりはなかった場合に、その勘違いに重大な過失がない場合には、契約を無効に出来るというものです。

  この点、「海がよく見える」というのは契約を締結した動機でありますので、このような動機の錯誤では、原則としては、錯誤無効の主張はできません。

  しかし、このような契約の動機が契約上表示されている場合には、錯誤無効の主張ができます。

  本件では、「海がよく見えるマンション」が売り出し文句として広告されています。従って、海がよく見えるから購入したという契約の動機は、契約上明示的若しくは黙示的に表示されていると解釈されると思われます。

  そうすると、民法95条による錯誤無効の主張も可能になります。

  契約が無効になりますと、不動産業者は、売買代金を全額購入者に返還することになります。購入者は、「現に利益を受ける限度」において当該マンションを返還すれば足りますので、当該不動産を既に何ヶ月か利用していても、そのままの状態で不動産業者に返還すればよいことになります。

2 消費者契約法第4条1項又は同条2項による契約取消

  消費者契約法第4条1項は「重要な事項について事実と異なることを告げた」場合、又、同条2項は「重要な事項について当事者の不利益となる事実を故意に告げなかった場合」には、契約を取り消すことができるとしております。

  本件では、購入後6ヶ月しか経っていないのに隣にマンションができて海が見えなくなるということは重要な事項で、かつ、消費者に不利益な事項ですので、このようなマンション建設計画を不動産業者が故意に告げなかった場合には、同条2項による契約取り消しの対象になります(なお、裁判例はまだ出ておりませんが、同条の趣旨からすれば、本件のマンション建設計画のように不動産業者が当然に調査し知り得べき事実については、「故意に告げなかった」場合だけでなく「重要な不利益事実の調査に重大な過失があり、これにより当該重要な不利益事実を告げなかった」場合にも同条が類推適用される可能性が高いと思われます)。

  また、「海がよく見えるマンション」であることは契約上「重要な事項」にあたりますので、これが6ヶ月後に隣にマンションができて海が見えなくなったならば事実と異なることを告げたとも評価されるものと思われます。従って、消費者契約法第4条1項に言う「重要な事項について事実と異なることを告げた」にも該当すると思われます。 

  なお、民法95条による錯誤無効の場合、不動産業者としては、「広告ではうたっていたとしても、そのことは契約書上では表示されていないから動機の表示は為されていない」と反論することや、又、購入当時としては海が見えることを売り物にしていたとしても、購入後も永遠に海が見えることまでを保証してうたっていたわけではないと反論することが考えられます。

  しかし、消費者契約法によると、上記のような反論は成り立ち難くなるでしょう。

     ただし、消費者契約法による取り消し権の行使期間は、契約の追認をすることができる時(本件では13階建てのマンション建設を知ったとき)から6ヶ月以内と法定されていますので、取り消し権の行使期間には注意が必要です。

3 重要事項説明義務違反による損害賠償責任

    宅建業法35条は、宅建業者に重要事項の説明義務を課しておりますが、同法35条に掲げられている重要事項は例示列挙でありますので、この他にも当該不動産取引において説明すべき重要な事項がある場合にはこれを調査し説明する義務があります。

  本件では、「海がよく見えるマンション」を売り物にしていた以上、当該マンション前の土地で13階建てのマンション建設工事が計画されているという点はまさに重要事項ですから、宅建業者はこの事実の有無を積極的に調査した上これを購入者に説明する義務があります。

  従って、これを怠った宅建業者は、消費者から契約の取り消しや無効までもが主張されなくとも、重要事項の説明義務違反として、損害賠償の責任を負います(なお、購入したマンションの前の平屋建ての建物が取り壊され2階建ての建物が建設されたことでマンションの1階、2階の区分所有者に日照等の被害が生じた事例で、販売業者の説明義務違反が認められた裁判例として東京地裁平成13年11月8日があります)。

  次に、本件の場合の損害額としては、財産的価値が客観的に減少した分の損害として、海が見えるマンションであった場合の評価額と海が見えないマンションであった場合の評価額の差額が考えられます。

  この他に、購入者が海が見えなくなったことによる精神的苦痛を慰謝料として請求できるかという問題もあります。

  この点、通常の不動産取引における説明義務違反事例では、客観的な財産的価値の減少の損害の他に慰謝料までが損害として認められるかというと、不動産業者の当該説明義務違反の程度や当該説明義務違反の悪質性にもよりますが、慰謝料までは認められないか、仮に、認められても少額にとどまるというケースが一般的であると思われます。

  しかし、本件のように海が見えるマンションを売り物にしており、購入者もこの点が特に気に入って購入したという事例の場合には、本来であれば契約取り消しや契約無効の主張までもが可能な事例ですので、この点も考慮すると、慰謝料の支払いも認められる可能性が高いでしょう。

4 以上のように、専門業者の責任は重く、消費者の保護は厚くというのが近時の法律や裁判例の流れとなっております。

  不動産業者としても、このような流れを踏まえて、消費者への説明責任には十分に配慮することに注意を払う必要があると思われます。

投稿者: 弁護士 秋山亘

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