弁護士 秋山亘のコラム

2019.08.20更新

建設共同企業体(JV)の法律関係

 

第1 問題の所在

 建設共同企業体(「JV」)は、複数の企業が共同して大型の土木・建築工事を行う事業方式として広く利用されています。JVの協定では、代表者(「親企業」)を定めた上、親企業(代表者)に自己の名で請負代金の請求・受領及びJVに属する財産の管理を行う等の権限を与え、取引口座について親企業(代表者)名義で開設された別口の預金口座を使用する旨を定める例も多いと思われます。

 親企業(代表者)名義の別口預金口座にJVとしての請負代金が振り込まれて預金債権となっている状態で、親企業(代表者)につき破産などの手続が開始された場合、他のJV構成員は右預金債権について、「自分の取得分が含まれている」として優先的な権利(取戻権など)を主張できるのでしょうか、それとも、他の一般債権者と同様の権利(破産債権など)しか主張できないのでしょうか。親企業(代表者)名義の別口預金口座に振り込まれた請負代金(預金債権)は、JVと親企業(代表者)のいずれに帰属するのでしょうか。

 これは、JVの代表者が、その業務執行権限に基づき遂行した法律行為の効果の帰属の問題であり、前提としてJVの法的性質やその業務執行・財産管理に関する法律関係が問題となります。

第2 考え方

1 JVの法的性質については、一般に民法上の「組合」と解されています。民法上の「組合」では、各組合員が業務執行権を有することを基本的な建前としつつ、組合契約または組合員の過半数による決定で、一部の組合員または第三者に業務執行を委任することが出来ます(民法670条)。この、業務執行権を委任された組合員を「業務執行組合員」といいます。そして、業務執行組合が組合業務の執行として財産取得を目的とする法律行為を行った場合、その効果が総組合員に直接帰属するものであれば、当該財産は、組合財産として総組合員の「共有」(民法668条)となり、そうでなければ当該業務執行組合員の個人財産ということになります。

2 業務執行組合員が「自己の名による方式」で法律行為を行った場合には、直ちに当該法律行為の効果が総組合員に直接帰属するとは考えられていません。学説や裁判所は、代表者の権限や財産管理等に関する組合員間の合意の内容や、これまでの運用などの具体的な事情を総合的に考慮した上で、当該業務執行組合員の法律行為の効果が直接総組合員(組合財産)に帰属すると考えるのが宜しいのか、或いは、一旦は当該業務執行組合員に帰属した後に、組合への移転行為を経ることにより組合財産となると考えるのが宜しいのかを判断しているようです。

 これに対し、業務執行組合員の対外的な法律行為が「代理による方式」でなされた場合は、当該法律行為の効果が総組合員に直接帰属すると評価されることが多いと思われます。

3 そこで、JV構成員の、JVの親企業名義の別口預金(請負代金)に対する権利につきましても、JVの共同企業体の協定の内容やこれに基づく財産管理状況がどのようなものであるのかにより異なるものと思われます。

 最高裁判所は、

① XとAがJVを結成し、代表者をAとした

② 協定で、「代表者Aに自己の名義で請負代金を請求・受領し、企業体に属する財産を管理する権限を与える」、「請負代金を受領したときは、代表者Aの経理機構による精算及び運営委員会の承認を得て、すみやかにXに分配する」、「取引口座としてA名義で開設した別口預金口座を使用する」と定めた

③ 実際の財産管理も②の協定のとおり行われていた

という事例で、A名義の別口預金口座の預金債権はAのものであると判断しました(最高裁平成11年4月16日判決)

 いわゆるゼネコン企業の倒産が十分に予想されるのが現在の状況です。親企業以外のJV構成員の権利を保全するという観点から、今後、JVを進める場合には、少なくとも、協定で

① 親企業の対外的な法律行為は全て、「共同企業体名」や「共同企業体代表者(の肩書)」を示すなどの「代理方式」で行うこと

② 預金口座も、「共同企業体名」や「共同企業体代表者(の肩書)」で開設すること

を定め、、実際の運用もこれに基づいて行うのが望ましいと思われます。

投稿者: 弁護士 秋山亘

2019.08.13更新

賃借人の債務不履行による賃貸借解除と転貸借との関係

 

1 問題の所在

     賃貸借関係(以下「基本賃貸借」といいます)の他に、「賃貸人の承諾のある転貸借関係」(以下「適法な転貸借」といいます)があるという状況を想定します。この様な状況で、賃借人の債務不履行による解除により基本賃貸借が終了した場合、転貸借関係は当然に終了するのでしょうか、当然に転借料債務も消滅するのでしょうか。

2 判例の傾向

   大審院昭和10年11月18日は

        ① 基本賃貸借が終了しても、適法な転貸借は当然には失効しない

        ② 賃貸人から返還請求があれば、転借人はこれを拒否する理由がなく、このため転貸人としての義務を履行することが不能となる結果、転貸借は終了する

    としました。

     また、最高裁昭和36年12月21日も、

        基本賃貸借の賃借人がその債務の不履行により賃貸人から基本賃貸借契約を解除されたときは、基本賃貸借の終了と同時に転貸借も履行不能により当然に終了する

    としています。

     このように、判例は、

        ① 適法な転貸借は基本賃貸借の終了により当然には終了しない

        ② 適法な転貸借は転貸人の転借人に対する債務が履行不能となったときに終了する

    と考えています。

   では、「転貸借が履行不能となった」という時点とは何時なのでしょうか。「基本賃貸借契約が解除された」時なのでしょうか、「転借人が基本賃貸借の賃貸人から返還請求された」時なのでしょうか。

     この点につき、最高裁平成9年2月25日は、

        基本賃貸借が賃借人の債務不履行を理由とする解除により終了した場合、転貸借は、原則として、賃貸人が転借人に対し目的物の返還を請求したときに転貸人の転借人に対する債務の履行不能により終了する

    としました。要するに「転借人が賃貸人から返還請求された」時点を転貸借の終了時としたのです。

   したがいまして、基本賃貸借の賃貸人から転借人が返還請求をされた時点以降は、転借人は転借料を支払う義務はなく、逆に、基本賃貸借が終了しても賃貸人から返還請求されない限り、転借料を支払う義務があることになります(なお、この場合の転借料の支払先ですが、転貸借関係が継続している以上、転貸人に支払うことになると思われます)。 

     なお、賃貸人としては、基本賃貸借終了後は、速やかに、転借人に対し返還請求をすることが大切です。基本賃貸借を解除したことに安心し、転借人に返還請求するのを失念していますと、転借料を取り損ねることになりますので注意が必要です。

3 その他

    基本賃貸借が債務不履行解除により終了し、賃貸人が転借人に対し返還請求した場合、「返還請求時」から「目的物の現実の返還時」までには、多少の時間の経過があるのが通常です。この場合の賃料相当損害金の支払関係について、前記の判決では、賃貸人が転借人に対し請求できるとしています。そこで、転借人としては転借料相当損害金を賃貸人に支払うことになります。

投稿者: 弁護士 秋山亘

2019.08.05更新

借地の無断転貸に関する法律相談

 

<質問>

 私(以下「A」)は、ある借地に私名義の建物を建てて、以後十数年にわたり呉服店を営んで来ました。その後、数年前に、税金対策のため、個人で営業をしていた呉服店を株式会社(以下「B社」)に組織変更し、建物の名義も会社名義にしました。なお、会社の株式は80%を私が出資し、残りの20%の株式は妻と子の名義にしました。3名の会社役員については、私が代表取締役になり、妻と弟に名義だけを借りることにしました。

 そうしたところ、先日、地主から内容証明郵便が届き、建物の名義が個人から会社に代わっていることから、借地権の無断譲渡にあたるという理由で、借地契約の解除と土地の明け渡を求められました。

 このような場合、借地権の無断譲渡に当たってしまうのでしょうか。

<回答>

1 第三者に無断で借地権を譲渡することは借地契約の解除事由(民法612条2項)とされております。

 したがって、借地権を譲渡するには事前に地主の承諾を得なければなりません。地主の承諾を得ることが困難な場合には、裁判所に対し、地主の承諾に代わる許可の審判を申し立て、裁判所の許可を得てから譲渡することになります(借地借家法19条)。

2 本件のように、借地上の建物所有権の名義を個人から法人に変更(譲渡)した場合には、これに伴い借地権も当然に譲渡したと見なされると言う法理がありますので、これにより本件の借地権も法人に譲渡したものと見なされます。

 そうすると本件のような事案では、借地権の無断譲渡があったものとして、地主に借地契約の解除権が発生するようにも思えます。

3 しかし、最高裁昭和28年9月25日判決(民集7・9・979)は、建物の無断転貸の事例で、「賃借人が賃貸人の承諾なく、第三者をして建物の使用収益を為さしめた場合においても、賃借人の当該行為が賃貸人に対する背信行為と認めるに足らない特段の事情がある場合には、賃貸人の解除権は発生しない」旨判示しております。 

そして、上記判例を受けて、最高裁昭和38年10月15日判決(民集17・9・1202)は、借地上にあった僧侶個人名義の建物所有権が宗教法人の名義へ地主に無断で変更されたという事案で、「借地の利用関係に実質的な変化はない」という理由で、背信行為なしとして地主の解除権を否定しております。

4 本件においては、①B社の代表取締役が元借地人のAであり、他の取締役もAの親族であること、②B社の株主も80%がAであり、残りの20%もAの家族であること、③B社の営業内容もAが長年行っていた呉服店であることからすれば、呉服店を法人化した後も当該借地の利用形態に実質的な変化はなかったものと考えられます。

したがって、本件のような事案では地主の解除権は否定されるものと考えられます。

最高裁昭和43年9月17日判決(判時536・50)も、本件と類似の事案において「借地人と地主との信頼関係を破壊するような背信行為とは言えない」という理由で、地主の解除権を否定しております。

投稿者: 弁護士 秋山亘

2019.07.29更新

賃貸人の破産と賃借人の相殺権について

 

(事例)

  Xはその所有ビルを家賃1ヶ月10万円、敷金50万円でAに賃貸していたが、賃貸人Xは破産をし、破産管財人が選任された。

(1) このような事例で、Aは、預け入れ敷金と今後の賃料の支払い義務と   を相殺することができるか。

(2) また、Aが敷金とは別に、Xに対し売掛金債権100万円を有していた  場合、賃料の支払い義務と相殺することを破産管財人に対し主張すること  ができるか。

(3) 破産管財人は、破産法上、賃貸借契約を一方的に解除することが認められているか。    

(4) (2)のケースで、抵当権者が物上代位権に基づいて、賃貸人の賃料債権を差し押さえてきた場合に、賃借人は、(2)の相殺を差押債権者(抵当権者)に対しても主張できるか。

 

(回答)

 この度、破産法と民事再生法が大きく改正され、その結果、賃貸人や賃借人が破産・民事再生した場合における、賃貸借契約法上の法律関係も大きく変わりました。

 そこで、今回は、賃貸人が破産した場合における賃借人の相殺権、そして、敷金返還請求権の保護の制度について、ご説明します。なお、賃貸人が民事再生した場合については、破産をした場合とは異なる法律関係となり、また、異なる賃借人保護の手続き取られておりますので、次回にご説明致します。

 (1) 敷金返還請求権と賃料債務との相殺の可否

 破産法上、債権者は、破産開始の時において、破産者に対して債務を負担している場合には、破産者に対し有している債権と相殺をすることができます(新破産法67条1項)。

破産者に対し有する債権は、弁済期が未到来の期限付きの債権や解除条件付き債権(未確定の一定の条件が発生しない限り有効な債権)でもよいとされておりますが、停止条件付きの債権(未確定の一定の条件の成就をもって初めて発生する債権)の場合には、破産開始時までに条件の成就がなされていない限り相殺することができないとされています(新法67条2項)。

そこで、賃借人が賃貸人に対して有する将来の敷金返還請求権がここに言う相殺をなし得る債権に当たるかが問題になります。

しかし、最高裁判例(昭和48年2月2日)は、敷金債権の法的性格は、建物明け渡し時までの一切の賃料債権、賃料相当損害金、原状回復費用等を担保するものであるから、これらの一切の賃貸人の賃借人に対する債権を控除した上、残金があれば、建物の明け渡しの完了が為されたときに初めて発生する債権であるとして、停止条件付き債権であると判示しており、賃借人の破産者(賃貸人)に対する相殺権を否定しております。この点は、改正破産法においても変更はないところです。

したがって、賃借人は、破産管財人の賃料の支払い請求に対して、破産開始後も、将来の敷金返還請求権と今後の賃料の支払い義務とを相殺することはできません。

もっとも、このような取扱に対しては、賃借人は一方的に賃料の支払いを請求され支払わなければならないのに敷金返還の保証がないのは不合理だとする批判がありました。

そこで、改正産法は、将来賃借人が明け渡しを完了したときに発生する敷金返還請求権を確保するために、破産管財人に対する賃借人の賃料の寄託請求の制度を設けました。

これは、賃借人が賃料を支払うときに、破産管財人に対し、預け入れ敷金額の限度内で弁済した賃料を破産管財人が預かるよう寄託を請求した場合には、破産手続きが終了して最後配当が為されるまでの期間までに、賃借人が賃貸借契約を解約するなどして建物明け渡しを完了させた場合には、破産管財人は、寄託を受けた金額の範囲内で返還義務のある敷金を賃借人に返還しなければならないと言う制度です。これにより、賃借人の敷金返還請求権が保護されるよう配慮されました。なお、破産手続開始後から最後配当が為されるまでの期間については、破産事件の規模や複雑生にもよりますので一概にはいえませんが、早ければ半年程度、長い場合には2年以上かかる複雑な事件もあります。

もっとも、この寄託請求の制度によっても、最後配当の時までに敷金返還請求権が現実化しなかったとき(具体的には、当該不動産に担保価値を超える多額の抵当権が設定されており任意売却も纏まらないなどの理由で破産管財人が破産財団から当該不動産の所有権を放棄したが、それまでに、賃借人も賃貸借契約の解約・明け渡しを行わなかった時などが想定されます)には、寄託した金額は結局は一般債権者に対する配当に回されて、破産手続きが終了しますので、寄託金も返還されないことになります。

なお、賃貸人が破産をしても、当該不動産が抵当権者の競売手続きによらずに破産管財人によって任意売却されたときには(破産事件のうち大多数は抵当権者による競売手続きよりも任意売却により不動産の処分がなされます)、新賃貸人に敷金返還請求義務が承継されます。もっとも、敷金や保証金名目で賃料の何十ヶ月分も預けている場合には、預け入れている金銭の全額が承継されるのではなく、実質的な敷金相当部分に限定されて承継されます(実務的には特殊なケースは別として事業用の通常の賃貸借のケースでは家賃の1年分相当額が敷金相当部分として承継が認められる部分の上限かと思われます)。

また、抵当権者の競売手続きによった場合でも、抵当権設定前に契約した賃借人など賃借権を抵当権者に対抗できる場合には、競落人に対し、敷金返還請求権を主張できます。

したがって、破産管財人への寄託請求の制度の実益があるのは、賃貸人破産のケースでは、ある程度限られた場面になるでしょう。

(2) 売掛金との相殺権

 改正前破産法の下では、賃借人が賃料支払い債務を受動債権として賃貸人に対する債権とを無制限に相殺できるのかについては、旧法103条1項前段の解釈をめぐり、見解が別れておりました。

 しかし、改正破産法では、賃借人の相殺に対する期待を保護すべきとの考え方から、賃借人の相殺対象の債権を「破産宣告月及び翌月の賃料について相殺できる」とする旧法103条が削除された結果、賃借人の賃料を受動債権とする相殺は無制限に認められることになりました。

 したがって、本件では、賃借人は10ヶ月分の賃料債務と100万円の売掛金債権を相殺することで、10ヶ月分の家賃を支払わずに本物件を賃借することができます(11ヶ月目から3ヶ月分は敷金返還請求権を確保すべく破産管財人に賃料を弁済する際に寄託請求をすることになります)。

(3) 破産管財人による契約解除について

 (2)のような場合、破産管財人の方からは、賃料が入らないという理由で、賃貸借契約を解除されるのではとの疑問を考えられるかもしれません。

 この点、確かに、旧破産法では、破産管財人による賃貸借契約の一方的な解除権が認められておりました(旧法59条)。

 しかし、改正破産法では、賃借人が第三者に対する対抗力を具えている場合(建物賃貸借であれば建物の引渡が為されている場合、土地賃貸借であれば借地上の建物登記がある場合がそれぞれ第三者対抗要件を具えている場合にあたります)には、破産管財人は、賃借人に対して、一方的な解除権を行使することができないとされました(新法56条1項)。

(4) 抵当権者の物上代位権による賃料差押えと相殺主張

 以上のように、賃借人の相殺権は、新法下では大幅に保護されることとなりましたが、この相殺の主張が許されるのは、あくまでも賃借人と破産管財人との法律関係についてです。

 (4)のケースのように、抵当権者が物上代位権に基づいて、賃貸人の賃料債権を差し押さえてきた場合に、賃借人が売掛金と賃料との相殺の主張を抵当権者に対しても主張できるかについては、賃借人の売掛金の取得時期が抵当権の設定よりも前か後かによることになります。

 すなわち、売掛金の取得が抵当権の設定後であれば、賃借人は相殺の主張を差押債権者(抵当権者)に対して対抗できない(最判平成13年3月13日・判時1745号69頁)のに対し、抵当権の設定前であれば対抗できます。

投稿者: 弁護士 秋山亘

2019.07.23更新

中古マンションを購入する際の注意点~その2

 

(質問)

 当社は、中古マンションを購入することになりました。前の所有者は、自己破産をして免責を得た後、抵当権者主導で任意売却をした物件です。そして、前の所有者は、管理費と修繕積立金を過去7年間支払っていなかったようです。

 このようなケースでは、管理費・修繕積立金は時効にかかっているのでしょうか。

 また、前の所有者が自己破産をして免責を得た以上、当社は前の所有者の管理費を支払わなくてよいのでしょうか。

(回答)

1 管理費・修繕積立金の時効

これまで、管理費・修繕積立金の時効期間は、民法167条1項の一般債権であるという10年説と、民法169条の定期給付債権(典型例としては家賃がこれに当たります)に当たるという5年説に分かれておりましたが、近時の下級審裁判例(東京高裁平成13年10月31日、東京地裁平成9年8月29日)では10年説を採用するものが出ておりました。

しかし、最高裁判所は、管理費等の時効期間について、平成16年4月23日最高裁判所第二小法廷判決において、5年説を採用することを明らかにしました。

したがって、今後は、5年説に基づいて実務運用がされることになります。

本件では、2年分の管理費・修繕積立金については時効消滅を主張できることになります。

もっとも、時効消滅を主張できるのは、前の所有者とマンションの管理組合との間で時効の中断事由がない場合です。

前の所有者が管理費等の滞納期間を明示して滞納を認める念書を管理組合に差し入れている場合や管理組合が滞納者に対し訴訟を提起し勝訴判決を得ている場合には、時効は中断されています。

したがって、念書を差し入れている場合には念書の作成日から5年間、勝訴判決の場合には判決確定時から10年間は時効消滅の主張はできません。

なお、時効中断の方法としては、以上の他に、催告書・請求書等で請求する方法も挙げられます。しかし、この裁判外での請求では、請求をした日から6ヶ月以内に正式な裁判を提起しないと時効中断としての効力は認められません。したがって、たとえば、4年11ヶ月目に管理組合が内容証明郵便等で裁判外の請求をしていれば、請求後6ヶ月間は時効の完成を暫定的に止めることができますが、6ヶ月を過ぎるまでに訴訟を提起していないと、時効中断との関係では内容証明郵便による請求は何の意味もなくなります。

以上のように、発生日から5年を経過した管理費等は必ずしも時効消滅しているとは限りませんので、そのような物件を購入する際には、事前に管理会社や管理組合に問い合わせる等して時効中断事由の有無を調査しておくべきでしょう。

2 前の所有者が自己破産した場合の管理費の支払義務

前の所有者が自己破産をし免責決定を得た場合、破産決定日を堺に破産決定日までの管理費・修繕積立金については、管理組合は当該破産者に対して請求できません。破産決定日以降の管理費・修繕積立金については、管理組合は当該破産者に対しても請求できます。

では、中古マンションの新しい所有者は、前の所有者との関係では既に免責されている破産決定日までの管理費・修繕積立金についても、管理組合に支払う義務があるのでしょうか。

この点に関しては法も明確な規定をおいておらず、また、裁判例もいまだ出ていないようです。

この点、免責決定を得たことで、債務者に対しては強制的に請求できない債務を前の所有者から区分所有法8条により承継したに過ぎないと考えれば、新しい所有者は管理組合に対し支払う法的な義務はない(破産免責の効力を承継する)という考え方もあるでしょう。

しかし、以下のような理由から、前の所有者の下で破産免責された管理費等でも、新しい所有者との関係では管理組合に対し支払義務を負う可能性が高いと思われます。

 ① 管理費・修繕積立金の支払義務についての前所有者と新所有者との関係ですが、連帯債務又は連帯保証債務の関係にあるという説が有力です。これによると、連帯債務者又は主債務者の1人が免責を得たとしても、他の連帯債務者又は連帯保障人には免責の効力は及ばないことになりますので、前所有者が破産しても、前の所有者とは連帯債務の関係にある新所有者についても、免責の効力は及ばないとするのが理論的な帰結となります。

 ② 管理費・修繕積立金は、当該マンションの価値を維持する為に不可欠なものですが、新しい所有者が、従前適正に管理されることで維持され、又は、修繕積立金によって修繕されたマンションの価値を享受できるのも、これまでに他の区分所有者によって管理費や修繕積立金が毎月きちんと支払われてきた蓄積があるからです。しかし、新しい所有者のみがこのようなマンション維持・管理の利益を享受しながら、偶々前の所有者が破産免責されたという理由で新所有者はマンションの管理費・修繕積立金の支払義務を免れ、他方で、マンションの維持・管理の利益、そして、マンション修繕の利益を享受出来るというのは、極めて不公平な結果となります。その為、管理費・修繕積立金は、単に前の所有者の債務を引き継ぐというものではなく、区分所有権と一体となって承継される債務と解されます。そうすると、前の所有者が偶々破産をして破産免責を受けたかどうかに関わりなく、新しい所有者は、前の所有者から区分所有権を承継した以上、管理費等の支払い義務を負うべきことになります。

 ③ 一般に、破産免責された債務は、免責により消滅するのではなく、自然債務として存続はすると解されています。自然債務とは、債務者の方から任意に支払えば債務の弁済として有効となるが、債権者は債務者に対し強制的には支払を求めることはできない債務のことです。このように破産免責された債務は消滅するわけではないので、破産免責の効力が及ばない者に対しては、通常の債務として債権者からの請求に強制力が認められることになります。そして、破産法は、破産者の資力や破産者の社会経済的更生を企図して特別に破産者の為に認めた制度が破産免責の制度ですから、破産法の趣旨から考えても、この免責の効力を破産者ではなくマンションの新しい所有者にまで拡張して認める合理性はないことになります。

  以上のような理由から、いまだ裁判例が出ている事案ではありませんが、前の所有者との関係で免責を受けた管理費・修繕積立金でも、新所有者が支払義務を負う可能性は高いと思われます。

  従って、破産者が所有していた中古マンションを購入される場合にも、管理費等の滞納の事実があるかどうか十分調査した上で、購入する必要があると思われます。

投稿者: 弁護士 秋山亘

2019.07.16更新

中古マンションを購入する際の注意点

 

(質問)

  (1)  この度、中古マンション取引の仲介を行うこととなりましたが、その中古マンションにおいては、管理費・修繕積立金等の滞納があるそうです。このような中古マンションの購入に際して、注意すべき点を教えてください。

  (2) (1)の滞納管理費等ですが、滞納期間が7年を経過しております。管理費等の支払い義務に対しては、時効が成立しているのではないでしょうか。

 (3) また、上記の事例で、滞納期間が長期に渡っており遅延損害金も相当多額にのぼっているのですが、このような遅延損害金も、購入者は支払わなければならないのでしょうか。

  (4) また、管理費等の滞納がある中古マンションを当方が一旦購入し、それを転売するという方式を採った場合、転売後も、購入者が滞納管理費等を支払わない場合、当方の管理費等支払い義務は免れないのでしょうか。

 

(回答)

1  (1)の回答

  中古マンションの購入に際してしばしば問題となるのは、滞納管理費等の支払いに関してです。

 滞納管理費等がかさんでいる中古マンションを競売により落札する場合も、任意売却により購入する場合も、購入者は、区分所有法第8条の「特定承継人」として、滞納管理費等の支払い義務があります。

 従って、仲介人としては、当該マンションにいくらの滞納金があるのかを、マンションの管理会社に問い合わせるなどして調査し、購入者に説明しなければなりません。

 この説明義務を怠ると、仲介業者は、重要事項説明義務違反による損害賠償を請求される場合があります。

2 (2)の回答 

  また、滞納管理費等が長期間に亘り滞納をしている場合には、滞納管理費の支払い義務が時効により消滅している場合があります。

  この時効が成立する期間ですが、これまでは下級審の裁判例として、5年説と10年説に分かれておりました。本件でも、5年説に立てば、過去から遡って2年分の管理費等については、時効により消滅しているとも考えられます

  但し、5年を経過しないうちに、①訴訟が提起されている、②滞納者本人が管理費等の滞納を承認をしている、③滞納管理費等の一部を支払っている、といったケースでは、時効は中断しておりますので、時効は成立しておりません。

  しかし、近時は、10年説に立つ裁判例が相次いでおります(東京高裁平成13年10月31日、東京地裁平成9年8月29日、但し、最高裁判例はありません)。

  従って、この点が争点になり訴訟になった場合には、10年説にたつ判決がでる可能性が高いものと思われます。

3 (3)の回答

  滞納管理費等に対する遅延損害金ですが、これも法律上は購入者が全額支払わなければなりません。

  ただし、購入者が任意に支払うことを条件として遅延損害金の全額免除、一部免除若しくは6%等の低率の遅延損害金への引き直しを求め、管理組合と交渉をするというケースはよくあります。

  管理組合としても、訴訟費用をかけてまで遅延損害金を回収するよりは、低金利の経済情勢を背景にして、遅延損害金の支払いについては、免除に応ずるケースも多くあります。

4 (4)の回答

 本件は、マンションがA→B→Cと譲渡され、Aが所有していた期間の管理費等を滞納していたというケースす。

 当該マンションがAからBへ譲渡されCへ転売される以前の時点では、Bが特定承継人にあたり滞納管理費等の支払い義務を負うのは当然です。

 本件は、その後BからCへ当該マンションが譲渡転売されたことにより、Bは一旦負担した滞納管理費の支払い義務を免れるのか、それとも、Cと共に連帯して滞納管理費の支払い義務を負うのかという問題です。

 この点、大阪地裁昭和62年6月23日は、上記のような事案ではBには支払い義務がないとしています。これを受けて、実務上でも、Bには特定承継人としての支払い義務はないという取扱が一般的となっております。

 もっとも、この点についての最高裁判例は未だ出ておらず、上記大阪地裁判決に対する批判も強い(マンション紛争の上手な対処法・日本マンション学会法律実務研究会編・205頁)ことから、今後最高裁判決が出た場合に異なる判断が下される可能性がある点は付言しておきます。

投稿者: 弁護士 秋山亘

2019.07.08更新

消費者契約法と宅地建物取引

 

1 はじめに 

 平成13年4月1日から消費者契約法が施行されました。これまで、事業者と消費者の間には交渉力と情報に大きな格差があるため、消費者が不当な契約を強いられるといった批判がありました。消費者契約法は、この格差を是正し、消費者を不当な契約から守る目的で定められた法律です。消費者契約法は、適用範囲が広い上、民法の特則として消費者保護にとって強力な保護規定を設けております。そこで、今回は宅地建物の取引においても注意して頂きたい消費者契約法についてご説明します。

2 消費者契約法の適用範囲 

 消費者契約法は、「事業者」と「消費者」との間の契約に広く適用されますので、宅建業者が「消費者」と契約する場合や「事業者」に該当する貸主と「消費者」に該当する借主間の契約を仲介をする場合等は、この消費者契約法が適用されるということを念頭に入れて契約を締結しなければなりません。

 「事業者」とは、何度も繰り返し同じ内容の業務をやっている者のことです。会社でなく個人でも、また営利団体でなく学校・宗教法人などの非営利団体でも適用があります。

 「消費者」とは、「事業者」以外の者で、原則として個人の非事業者に限られ、団体は含まれません。但し、実質は個人と同視できる個人企業の場合には、通常の業務と全く関連しない分野での契約でしたら、「消費者」とみなされる場合もあります。

 なお、消費者契約法は、平成13年4月1日以降に契約締結されたもののみが適用される為、これ以前に締結された契約には適用はありません。

3 消費者契約法の内容

(1)重要な情報の虚偽告知・不提供による契約の取消し

 事業者が品物・権利・サービスの質や価格等について、真実と異なることを告げたり、又は、ことさらに消費者にとって不利益な事実を告げなかった場合で、そのため、消費者が嘘の事実が存在すると信じたり、不利益な事実は存在しないものと信じてしまった場合に、消費者は当該契約を取消すことができます。建物売買においては、重要な事項については、メリットだけでなく、デメリットも告げないと取り消される可能性があるのです。

(2)困惑行為による契約取消し

 消費者が退去すべき旨を事業者に表明したのに、事業者が消費者の住所や勤務先に居座ったため、消費者が困惑し、契約締結してしまった契約も、消費者は取消可能になりました。

(3)事業者の損害賠償責任を免除する条項の無効

・瑕疵担保責任の免責条項は原則無効になります。

 従いまして、例えば、建物の賃貸・売買における建物の欠陥、宅地の賃貸・売買における土地利用権の制限(地役権の設定、建築基準法の制限規定)等において瑕疵担保責任の免責条項を入れても無効になります。

・「事業者側による債務不履行によって生じた損害はこれを全額を免除する」との条項も無効になります。また、事業者の故意・重過失によって生じた損害については一部免除の条項も無効になります。

(4)消費者が支払う損害賠償の額を予定する条項の無効

・契約書において、消費者の債務不履行があった場合の損害額を「損害賠償の予定」「違約金」「迷惑料」等の名目で、予め通常生ずる損害より高額に定めている場合があります。しかし、このような取り決めた金額が、「同種の取引において生ずる平均的な損害額」より高額な金額である場合は、その超過分の損害額の定めについては無効になります。

 例えば、解除に伴う建物明渡し履行期日以降に借家人が居座った場合、通常賃料相当損害分の他に執行費用、事務手数料、迷惑料といった損害も通常生ずるでしょうから、賃料相当額よりも若干高めに設定することは、「平均的損害」を上回るとはいえないでしょう。しかし、通常賃料の3倍、4倍とする旨の約定の場合は、平均的損害を上回ることになるでしょう。どこまでが賃貸借契約という取引類型の解除の際生ずる「平均的な損害」であるかは、今後の裁判例の集積を待つしかないでしょうが、高くとも賃料の2倍までが限界ではないでしょうか。

・また、金銭支払義務の遅延損害金は、年率14.6パーセントに限定されます。それ以上の取決めをしても14.6パーセントまで減額されます。

(5)その他消費者の利益を一方的に害する条項

 上記の他にも消費者にとって一方的に不利な不当条項は無効になる可能性があります。

 例えば、事業者のみが契約内容を一方的に変更・決定できる条項、賃借人に畳み張り替え、クロス張替え、ハウスクリーニング等通常使用による損耗の回復義務も課した条項です(この点は従前から判例上は制限解釈されてきた〔99年11月号512頁参照〕が、消費者契約法によってより一層認め難くなりました)。

 この他にもいろいろな例が考えられますが、要は、契約書を結んだからといって、必ずしもこれに拘束力を持たせることはできなくなったということです。逆にいえば、今後は何でも事業者に有利な契約書を結べばそれでよいというのではなく、各条項が消費者にとってあまりに一方的で不当・不公平な条項にならないよう契約内容を工夫しないと、結局は裁判で無効にされてしまい元も子もなくなってしまうということです。その意味で、どうしても譲れない事業者(貸主の方)の契約条項であって、かつ、一見して消費者に一方的に不当な条項に該当すると思われるものについては、お近くの弁護士に相談すると良いでしょう。そのままでは不当条項にあたり無効になるものでも、条項の定め方を工夫したり、消費者の利益を少々配慮するなど条項の修整によっては、不当条項に該当しないように調整できる場合もあるからです。

 例えば、前記通常使用による損耗の回復義務にしても、①賃料が経年劣化による減損分を反映していない程度に低額であるとか、契約時に権利金等の一時金の授受がないとか、損耗回復の範囲がある程度限定されているとかなどの事情に照らして消費者に損耗回復義務を課すことが合理的である場合で、かつ②契約時に前記回復義務を消費者に具体的に説明し、単に契約書に記載があるだけでなく別途その承諾を取っている場合には、「消費者の利益を一方的に害するもの」とはいえず、かかる条項も有効になるでしょう。

投稿者: 弁護士 秋山亘

2019.07.01更新

店舗賃貸借契約の中途解約と権利金の返還

 

<質問>

契約期間4年の店舗賃貸借契約を結ぶ際、かなり高額の権利金を支払いました。しかし、事業が思うようにいかなくなったため、賃貸借契約書における中途解約の条項に従い2年間の使用後に契約を解約しました(契約書では解約予告期間が半年前となっておりましたので、半年前に解約予告の通知をしました)。

このような場合、借家人は賃貸人に対し権利金の一部を返還請求することはできるのでしょうか。

 

<回答>

1 権利金の法的性質 

この問題を検討する前提として、権利金の法的性質について検討しておきたいと思います。

権利金の法的性質については、①営業上の利益の対価とする見解、②賃料の一部の一括前払いとする見解、③賃借権そのものの対価とする見解、④場所的利益に対する対価とする見解、⑤上記①から④のいずれの性質も有するとする見解、などに分かれております。

いずれの見解も一長一短ですので、当該物件の場所的環境や契約締結の経緯など具体的事情に照らして、①から⑤のいずれの性質かを判断する必要があると思います。

2 賃貸借契約の途中解約と権利金の返還請求

(1) 契約期間満了による終了の場合

権利金は、通常は、契約期間の満了により賃貸借契約が終了した場合には返還されない(すなわち貸主が権利金の全額を取得する)ことを予想して交付される金銭です。

したがって、特別の合意が存在しない限り、賃貸借契約が「期間満了」により終了した場合には、借家人が権利金の返還を求めることはできません。

(2) 契約期間の定めがある場合に中途解約がなされた場合

契約期間の定めのある場合には、その契約期間内は賃借物件を使用・収益することを前提として権利金の額が定められているのが通常であり、契約当事者の合理的意思だと考えられます。このことは、前記の権利金の性質に関する①ないし⑤のどの考え方に従っても同様の事だと思われます。

したがって、そのような契約期間の途中に賃貸借契約が終了した場合には、借家人は、権利金を支払った分をいまだ十分に利用することができなかったものであり、他方、賃貸人側は権利金の全額を受領するに足る十分な期間借家人に対し賃借物件を利用させていないのですから、未経過の契約期間に相当する権利金については、返金を認められても、損失はなく、むしろ返金を認めるのが公平と言えます。また、中途解約による貸主の損失についても、相当な解約予告期間を設けるなどして損失を回避することも可能です。

したがって、下級審の裁判例(東京地判昭42・5・29判時497・49等)の多くは、権利金の性質が、営業ないし営業上の利益の対価であれ、場所的利益に対する対価であれ、賃料の一部の一括払いの性質であれ、その他であれ、賃借期間と残存期間とを按分比して、不当利得として残存期間分に相応する金銭の返還請求を認めております。これは、借家人の都合による合意解約の場合や中途解約条項に基づく中途解約の場合にも認められます。

また、借家人の債務不履行による契約解除の場合など賃借人が自ら招いた契約解除でも、権利金の返金が認められるかについて争われた事案でも、裁判例(東京高判昭29・12・6東高民時報5・13・298)は、契約解除の原因はともあれ、賃借期間を十分利用することができなかったことには代わりはないとして、やはり、残存期間に相応する分の権利金の返還を認めております。もっとも、借家人の債務不履行による契約解除によって賃貸人が受けた損害とは差引きされますので、この点には留意が必要です。

以上のように、契約期間が満了する前に契約が中途解約された場合には、未経過の契約期間に按分して権利金の一部の返金が認められるというのが裁判例ですので、本件でも権利金のうち2分の1相当額の返金を求めることが出来ると考えられます。

投稿者: 弁護士 秋山亘

2019.06.24更新

少額訴訟制度の利用法

 

1 少額訴訟制度の概要

(1) 近時、裁判の簡易・迅速化の要請がさけばれております。

   このような要請は、裁判を提起して時間をかけてまで回収すると、費用倒れになってしまうような請求額が比較的少額な事件においては、特にあてはまると思います。

 また、弁護士に依頼することなく、当事者本人でも訴訟を提起できるよう手続きの簡易さが必要な場合もあると思われます。

 そこで、今回は、裁判手続きの一種として、裁判の慎重さよりも簡易迅速さを重視し、また、当事者本人でも裁判を行えるよう簡易裁判所が種々の工夫をしている少額訴訟制度をご説明したいと思います。

(2)  少額訴訟は、原則として1回の期日で審理を終え、直ちに判決の言渡しがなされるという簡易・迅速な裁判手続きの一種です。

 従って、逆に、争点が多い事件、立証が難しい事件、複雑な事件を審理するのに少額訴訟は向いておりません。

    少額訴訟に適した事件としては、契約書等の証拠書類が揃っている貸金返還請求訴訟、滞納家賃の支払請求訴訟、敷金返還請求訴訟等であるといえます。

2 少額訴訟制度の手続・要件

(1)  少額訴訟における請求金額は金60万円以下でなければなりません。

     平成16年4月1日からこれまでの請求金額30万円以下という要件が上記60万円以下という要件に引き上げられました。 

     なお、ここにいう請求額とは遅延損害金を含まない元本金額を言います。

(2) 当事者は、原則として、第1回の期日までにすべての主張や証拠を裁判所に提出しなければなりません。また、証拠調べは、期日にすぐに取り調べることのできる証拠に限ってすることができます。

  従って、当事者は、裁判期日までにきちんと契約書や領収書などの証  拠書類や証人などの準備を整えていなければなりません。

(3) 被告が少額訴訟での裁判に同意しない場合には、通常訴訟に移行します。

  また、被告が判決に異議を申立てたときも通常訴訟に移行します。

 前記のように、この訴訟は原則1回の裁判で審理を終えますから、きちんとした反論をしたいが準備が整わないといった被告の立場では、第1回の裁判期日で通常訴訟への移行を主張するべきでしょう。

(4)  裁判所は、被告の支払能力・資力等を考慮して、一括払いではなく分割払いの支払を命ずる判決を言い渡すことができます。原告は、この分割払いの判決に対する異議は申立てられません。

(5) 少額訴訟の訴訟費用は、訴状に貼る若干の印紙代(請求額30万円の訴訟でも3,000円)と若干の郵便金手代がかかるのみです。

  従って、訴訟の提起自体は、低額の費用ですることが可能です。

3少額訴訟に必要な準備

(1) 少額訴訟といっても、訴状の提出や証拠書類の収集・提出は、当事者本人の責任で行う必要があります。その意味では通常の訴訟とは異なるものではありません。

  それも、原則1回の審理で終る裁判期日までに全ての証拠書類を整理して提出しなければなりませんので、周到な準備が必要なことは言うまでもありません。

(2) 例えば、賃貸人が賃借人に対し滞納家賃30万円の支払を求めて訴訟を提起する場合には、①賃料が月額何円であったか、②賃料の支払日は毎月いつになっていたか、③賃借人は何月分から何月分までの家賃を滞納しているのかを訴状において特定して主張しなければなりません。 

  また、①②の主張を立証するために賃貸借契約書が必要です。

  これに対し、③の家賃滞納の事実については、むしろ賃借人の方が賃料を弁済したという事実を領収書等によって立証する責任がありますので、賃貸人側が賃借人の滞納の事実を積極的に証明する必要はありません。

(3) また、賃借人からの敷金返還請求訴訟では、原状回復費用の敷金からの控除をめぐって紛争になるケースが多くあります。

  このような原状回復費用の控除の主張については、賃貸人側が主張・立証する責任があります。

  従って、賃貸人は、まず、原状回復工事・費用の明細書、領収書等を提出するなどして、原状回復費用の金額を立証しなければなりません。

また、住居用の賃貸アパートの場合には、たとえ賃貸借契約書に「原状回復費用を賃借人の負担とする」旨の条項があったとしても、原状回復費用を賃借人に負担させることができるのは「賃借人の故意・過失による毀損」の場合でなければなりません。

部屋の損耗・毀損状況が通常の使用により生ずるような自然損耗による場合には、いままでに支払われてきた賃料の中で賃貸人側が負担すべきものとされます(詳しくは、本稿第2回及び第18回の原稿を参照して下さい)。

そこで、部屋の毀損状況が通常の使用によるものではなく、「賃借人側の故意・過失」によることを立証するために、退去時の部屋の状況を写した写真を提出するなどして立証する必要があります。

(4)  次に、訴状の書き方ですが、貸金返還請求訴訟や滞納家賃の支払請求訴訟などの場合には、訴状の定型書式が簡易裁判所に置いてありますので、これを利用すると良いでしょう。

 また、訴状の書き方や提出が必要な証拠書類などについても、簡易裁判所の書記官が指導してくれますので、事前に簡易裁判所に赴き相談すると良いでしょう。

 もっとも、裁判所書記官は、公正な第三者的な立場での指導にとどまりますので、訴訟に勝つための方策の相談については、弁護士に相談されるのがいいでしょう。

投稿者: 弁護士 秋山亘

2019.06.17更新

賃貸アパートにおけるペット飼育の法律問題

 

(質問)

1 賃借人が賃貸人に無断で犬を3匹も飼っています。しつけも悪く、アパートの内外で糞尿の汚れもひどく、夜鳴きもうるさいなど同じアパートの人たちからも苦情が来ています。

賃貸借契約書には「賃借人は、猛獣、爬虫類、犬、猫等の動物を飼育してはならない」との条項があります。

このような場合賃貸借契約を解除することができるでしょうか。

2 また、上記のような条項がない場合にも賃貸借契約を解除することができるでしょうか。

 

(回答)

1 質問1について

  (1) ペット飼育禁止特約の有効性

裁判例はこのようなペット飼育禁止特約の有効性を認めております。 確かに、個人の空間で他人に迷惑をかけずにぺットの飼育をするならば問題はないようにも思えますが、たとえその飼育マナーが良い場合でも、共同住宅においてはペットの飼育そのものに嫌悪感を抱く方もいること、ペットの飼育それ自体により建物の傷み具合が進行すること、飼主にとっては気にならない鳴き声・抜け毛など有形無形の迷惑が生じている場合も往々にして認められることなどから、一律に犬・猫等のペット飼育の禁止をうたう特約も有効とされています。

(2) 契約解除の可否

 次に、ペット飼育特約が有効であり、それに違反してペットの飼育が為された場合に直ちに契約解除までできるかというと、必ずしもそうではありません。

裁判例は、賃貸借契約を解除するには、客観的に見て、賃貸人と賃借人との間の信頼関係が破壊されたと言えるような場合でなければならないとしております。

たとえば、ペットの飼育により本件のような迷惑行為が現に行われている場合、賃貸人がペットの飼育をやめるよう再々に渡り催告したにもかかわらずこれをやめない場合には、信頼関係が客観的に見て破壊されたと言えるでしょう。

逆に、ペットを飼育していることが判明したが、近隣への目立った迷惑行為もみられず、建物のペットによる損耗も預け入れ敷金による補修費の控除で十分に賄える程度の軽度の損耗しか認められない場合においては、賃貸人の催告によって賃借人が速やかにペットの飼育をやめれば、契約解除まで認めるのは難しいでしょう。

 

2  質問2

 (1) ペット飼育の可否

ペット飼育禁止特約がない場合には、猛獣や毒蛇等の危険動物の飼育は別として、犬猫等の動物の飼育それ自体は原則として禁止されるものではありません。

契約後に賃貸人が一方的に犬猫の飼育を禁止することはできません。

(2) 用法遵守義務

しかしながら、賃借人は、特約がなくとも、「契約又はその目的物の性質に因りて定まりたる用法に従いその物の使用及び収益を為す」という義務(民法594条、616条)、すなわち「用法遵守義務」があります。

したがって、この用法遵守義務がから、賃借人であるペット飼育者にも、ペットの飼育をするにしても守らなければならない一般的な社会的ルールの履行が求められます。

具体的には、飼主には、糞尿の始末をきちんとする、ペットが夜鳴きなどをしないようしつけをきちんと施す、場合によっては動物病院で治療やその他の夜鳴き防止の処置をするなど、ペットの飼育により近隣に迷惑を及ぼさない義務、建物に通常の使用を超えるような損耗をさせない義務があります。

 そして、この義務に違反し、その義務違反の程度も、本設例のように著しい場合には、賃借人の用法遵守義務違反が認められるでしょうし、また、その義務違反により賃貸人との信頼関係も破壊されたとして、契約解除が認められるでしょう。

 なお、裁判例(東京地判昭和62年3月2日・判時1262号117頁)においても、ペット飼育により著しい迷惑行為があった事案では、ペット飼育禁止特約が設定されていない場合でも、上記の用法遵守義務違反と信頼関係の破壊を認定し、契約解除を認めたものがあります。

投稿者: 弁護士 秋山亘

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