弁護士 秋山亘のコラム

2016.04.27更新

 重要な事実を告げなかった場合の不動産業者の責任 

 

(事例)

 ある不動産業者は「海がよく見えるマンション」という売り出し文句で広告を出していた。そこで、海がよく見えるという点が気に入った買い主は、そのマンションの9階1部屋を不動産業者から購入した。

 しかし、その6ヶ月後には当該マンションの直ぐ隣に13階建てのマンションが完成し、購入者の9階の部屋からは海が全く見えなくなりました。

 このような場合不動産業者にはどのような責任が生じるのでしょうか。

(回答)

1 錯誤無効による契約無効

  民法95条の錯誤無効とは、例えば買主がA物件を買おうと思っていたが勘違いしていてB物件を買ってしまった場合や代金100万円だと思って契約書にサインしたがそれは勘違いで契約書100万ドルとなっていた場合等、契約条項は正しいのだけれども自分が勘違いしていたためその物件やその代金で買うつもりはなかった場合に、その勘違いに重大な過失がない場合には、契約を無効に出来るというものです。

  この点、「海がよく見える」というのは契約を締結した動機でありますので、このような動機の錯誤では、原則としては、錯誤無効の主張はできません。

  しかし、このような契約の動機が契約上表示されている場合には、錯誤無効の主張ができます。

  本件では、「海がよく見えるマンション」が売り出し文句として広告されています。従って、海がよく見えるから購入したという契約の動機は、契約上明示的若しくは黙示的に表示されていると解釈されると思われます。

  そうすると、民法95条による錯誤無効の主張も可能になります。

  契約が無効になりますと、不動産業者は、売買代金を全額購入者に返還することになります。購入者は、「現に利益を受ける限度」において当該マンションを返還すれば足りますので、当該不動産を既に何ヶ月か利用していても、そのままの状態で不動産業者に返還すればよいことになります。

2 消費者契約法第4条1項又は同条2項による契約取消

  消費者契約法第4条1項は「重要な事項について事実と異なることを告げた」場合、又、同条2項は「重要な事項について当事者の不利益となる事実を故意に告げなかった場合」には、契約を取り消すことができるとしております。

  本件では、購入後6ヶ月しか経っていないのに隣にマンションができて海が見えなくなるということは重要な事項で、かつ、消費者に不利益な事項ですので、このようなマンション建設計画を不動産業者が故意に告げなかった場合には、同条2項による契約取り消しの対象になります(なお、裁判例はまだ出ておりませんが、同条の趣旨からすれば、本件のマンション建設計画のように、不動産業者が当然に調査すべき事項であり、調査をすれば容易に知ることができた事実については、「故意に告げなかった」場合だけでなく「重要な不利益事実の調査に重大な過失があり、これにより当該重要な不利益事実を告げなかった」場合にも同条が類推適用される可能性が高いと思われます)。

  また、「海がよく見えるマンション」であることは契約上「重要な事項」にあたりますので、これが6ヶ月後に隣にマンションができて海が見えなくなったならば事実と異なることを告げたとも評価されるものと思われます。従って、消費者契約法第4条1項に言う「重要な事項について事実と異なることを告げた」にも該当すると思われます。 

  なお、民法95条による錯誤無効の場合、不動産業者としては、「広告ではうたっていたとしても、そのことは契約書上では表示されていないから動機の表示は為されていない」と反論することや、又、購入当時としては海が見えることを売り物にしていたとしても、購入後も永遠に海が見えることまでを保証してうたっていたわけではないと反論することが考えられます。

  しかし、消費者契約法によると、上記のような反論は成り立ち難くなるでしょう。

     ただし、消費者契約法による取り消し権の行使期間は、契約の追認をすることができる時(本件では13階建てのマンション建設を知ったとき)から6ヶ月以内と法定されていますので、取り消し権の行使期間には注意が必要です。

3 重要事項説明義務違反による損害賠償責任

    宅建業法35条は、宅建業者に重要事項の説明義務を課しておりますが、同法35条に掲げられている重要事項は例示列挙でありますので、この他にも当該不動産取引において説明すべき重要な事項がある場合にはこれを調査し説明する義務があります。

  本件では、「海がよく見えるマンション」を売り物にしていた以上、当該マンション前の土地で13階建てのマンション建設工事が計画されているという点はまさに重要事項ですから、宅建業者はこの事実の有無を積極的に調査した上これを購入者に説明する義務があります。

  従って、これを怠った宅建業者は、消費者から契約の取り消しや無効までもが主張されなくとも、重要事項の説明義務違反として、損害賠償の責任を負います(なお、購入したマンションの前の平屋建ての建物が取り壊され2階建ての建物が建設されたことでマンションの1階、2階の区分所有者に日照等の被害が生じた事例で、販売業者の説明義務違反が認められた裁判例として東京地裁平成13年11月8日があります)。

  次に、本件の場合の損害額としては、財産的価値が客観的に減少した分の損害として、海が見えるマンションであった場合の評価額と海が見えないマンションであった場合の評価額の差額が考えられます。

  この他に、購入者が海が見えなくなったことによる精神的苦痛を慰謝料として請求できるかという問題もあります。

  この点、通常の不動産取引における説明義務違反事例では、客観的な財産的価値の減少の損害の他に慰謝料までが損害として認められるかというと、不動産業者の当該説明義務違反の程度や当該説明義務違反の悪質性にもよりますが、慰謝料までは認められないか、仮に、認められても少額にとどまるというケースが一般的であると思われます。

  しかし、本件のように海が見えるマンションを売り物にしており、購入者もこの点が特に気に入って購入したという事例の場合には、本来であれば契約取り消しや契約無効の主張までもが可能な事例ですので、この点も考慮すると、慰謝料の支払いも認められる可能性が高いでしょう。

4 以上のように、専門業者の責任は重く、消費者の保護は厚くというのが近時の法律や裁判例の流れとなっております。

不動産業者としても、このような流れを踏まえて、消費者への説明責任には十分に配慮することに注意を払う必要があると思われます。

投稿者: 弁護士 秋山亘

2016.04.18更新

マンションでの店舗営業と営業差止

 

<質問>

(1)私のマンションでは、管理規約において「専有部分を営業のために使用できない」との規定があります。

しかし、ある区分所有者がマンションの一室を利用して宅配料理の営業を始めました。

宅配業であっても、マンションの一室で料理店を開くとなると、衛生上問題でありますし、夏場などはゴキブリなどの害虫も増えるとして、住民間で問題になっております。

このような場合、管理組合としてはどのような対処ができるのでしょうか。

(2) 私のマンションでは、管理規約において、「専有部分を事務所として使用することを禁止する」との規約が存在します。

 しかし、この管理規約は、現在では有名無実化しており、半数近くの区分所有者が専有部分を事務所として使用しております。私もここ5年以上の間、会社の事務所として使用しています。

 ところが、ある理事会の席で、私とある区分所有者が不仲になり、それを切欠に、その区分所有者から、私が専有部分を事務所として使用している点を捉えて「管理規約に違反することから、専有部分を事務所として利用するな」と執拗に迫られるようになりました。また、近く管理組合の総会で、専有部分を事務所として使用するのを差し止める裁判を提起することが決議される状況です。

 このような場合、事務所としての使用差し止めは認められるのでしょうか。

<回答>

1 質問(1)について

(1)マンションの管理規約に、「専有部分を営業のために使用できない」「専有部分は住居としての利用に限定する」「専有部分を事務所に使用することはできない」と定めがある場合、このような管理規約の規定も、住居用マンションとしての生活環境の維持を図るため合理性が認められる規約ですので、有効な規定といえます。

 そして、上記のような規約違反の行為によって、他の区分所有者に悪影響を及ぼし、区分所有者の共同の利益にも反すると言える場合には、管理組合(原告となるのは区分所有法上の「管理者」である管理組合の理事長個人)は、総会の決議を経た上で、区分所有法57条1項に基づき、共同の利益に反する行為の差止めを請求することができます。

(2)本件でも、マンションの一室で宅配料理業を開業する行為は、「専有部分を営業のために使用できない」という管理規約に違反する行為であり、また、マンションの一室で料理店を開くとなると、衛生上問題が生じるほか、夏場などはゴキブリなどの害虫も増える恐れがあることから、共同の利益に反する行為と言えます。

 したがって、裁判を提起すれば、専有部分を宅配業として使用するのを差し止める請求は認められるでしょう。

なお、勝訴判決を経たにもかかわらず、相手方が判決に従わず営業を継続した場合には、「相手方が営業を辞めるまで一日当たり○○円の損害金を管理組合に支払う」ことを命ずる間接強制の申立が可能です。

(3)このように、裁判によって最終的に解決することも可能ですが、できれば訴訟に至る前に相手方において自ら営業を辞めるようにして欲しいものです。

このように、紛争解決のために裁判の提起まで要するのを事前に予防するためには、管理規約において「管理組合の警告にもかかわらず、違反行為を辞めない場合には一日当たり○○円の違約金を支払う」という条項を入れておくことをお勧めします。

金銭という明確な形で違約金が発生することを明記しておけば、相手方も営業を辞めるのに時間をかければかけただけ違約金の金額が増える訳ですから、任意に営業を辞める可能性が高くなります。

2 質問(2)について

  管理規約における事務所としての使用禁止条項が有名無実化しながら、管理組合がこれに対し、警告等の措置を講じず、長年放置していたという場合で、また、事務所としての利用によって特段の支障が生じていないといえる場合には、管理組合の使用差し止めの訴えは、権利の濫用にあたるとして棄却される場合もあります。

裁判例としても、東京地判平成17年6月27日判例タイムズ1205-207)は、管理規約に違反してエステティックサロンとして専有部分を使用していた事例において、「原告が、住戸部分を事務所として使用している大多数の用途違反を長期間放置し、かつ、現在に至るも何らの警告も発しないでおきながら、他方で、事務所と治療院とは使用態様が多少異なるとはいえ、特に合理的な理由もなく、しかも、多数の用途違反を行っている区分所有者である組合員の賛成により、被告に対して、治療院としての使用の禁止を求める原告の行為は、クリーン・ハンズの原則に反し,権利の濫用といわざるを得ない。」と判示しております。

投稿者: 弁護士 秋山亘

2016.04.12更新

物損事故の損害賠償はどのように計算するのでしょうか。

(質問)

A車とB車が交差点で衝突事故を起こしました。幸いにも人身事故にはならず物損事故として処理することになったのですが、A車の修理代は60万円、B車の修理代は80万円かかりました。なお、両車の過失割合は、B車の方が危険な運転をしたということで、A車40%、B車60%となりそうです。

この場合、どのようにして、それぞれの負担する賠償金を算定したらよいのでしょうか。

(回答)

物損事故においても、双方の事故車の過失割合によって、修理代の負担金が決まってきます。 過失割合は、それぞれの事故態様により類型化されており、「日弁連交通事故相談センター編・損害賠償額算定基準」の過失相殺表が基準になりますので、一度、専門家に当該事故の過失割合を相談することをお勧めします。

本件の過失割合は、A車40%、B車60%とのことですので、これをもとに、①A車の修理代としてAがBに請求できる金額、②B車の修理代としてBがAに請求できる金額を算定すると、下記の通りとなります。

      記

①Bが負担すべきA車の修理代

 36万円=60万円×60%

②Aが負担すべきB車の修理代

 32万円=80万円×40%

 従って、本件では、前記の過失割合を前提とすると、①AがBに対し36万円の修理代を請求し、②BがAに対し32万円の修理代を請求することになります。もっとも、実務上は上記のようなたすきがけの遣り取りでは煩瑣ですので、両者がそれぞれの請求額を相殺しその差額である金4万円をBがAに支払うという相殺合意によって処理しております。

 なお、物損事故の場合、修理代のほかにも、レッカー移動代、代車代、評価損(主に高級車などにおいて修理によって各落ちしたことによる損害)、営業者の休車損(会社が持っている他の営業車等で代替不能な場合に修理期間中に事故車を使用することができなかったことによる営業損害)などの項目があります。これらの項目も損害として認められれば、A又はBが負担すべき損害額として加算した上、前記の過失相殺によって処理をすることになります。

投稿者: 弁護士 秋山亘

2016.04.04更新

賃借人の行方不明と建物明渡

 

<質問>

私は、アパートのオーナーをしておりますが、アパートの賃借人が半年前から行方不明になり、賃料も滞納しています。

このような場合、どのような方法をもって部屋の明渡を受ければよいでしょうか。

なお、賃貸借契約では賃借人の父親が連帯保証人となっています。

また、賃貸借契約書には、「契約終了後に賃借人が部屋の明け渡しに応じない場合には、賃貸人は、鍵の変更及び残置物の処分をすることが出来る」と書かれております。

 

<回答>

1 賃貸借契約解除・建物明渡の方法

 本件では、賃料の滞納を理由に賃貸借契約を解除した上で、建物の明け渡しを求めることになりますが、賃借人が行方不明の場合には、契約解除の意思表示をどのような方法で行うかが問題となります。

 というのも、民法97条1項により、契約解除などの意思表示は相手方に到達して初めて、効力を持つのですが(通常、配達記録付きの内容証明郵便で通知をするのもこの為です。)、本件のように相手方が行方不明の場合にはどのようにして解除の意思表示を相手方に到達させるかが問題になるのです。

この点、民事訴訟法の改正に伴い、訴状に意思表示が記載されているときは、訴状の「公示送達」で契約解除の意思表示を相手方に通知することもできるようになりました(民訴法113条)。そのため、現在は、訴状に解約解除の意思表示を記載した上で、訴状の送達を「公示送達」の手続きによってすることになります。

公示送達とは、訴状の送達は、本来は、郵便局員が被告の居住地に赴き被告本人若又は被告の同居人若しくは被告の勤務先の従業員に手渡しをすることによって行われるのが原則ですが、被告の居住地や勤務先が調査を試みても不明な場合には、裁判所にその旨の調査報告書を提出することによって、裁判所の掲示板に呼び出し状を貼り、その日から2週間経過した時に訴状の送達があったものと見なされる手続きです。

ただし、公示送達のための調査は、被告の住民票上の住所に赴き、近隣者等に聞き込み調査をしたり、郵便受けの状況、表札の状況、電気ガスメーターの状況などを調査したり、或いは、連絡の取れる親族に聞き込みをしたりしなければならないため、なかなか手間がかかる作業となります。

2 連帯保証人の明渡義務について

 このように、行方不明になった賃借人本人には、訴訟を通じて明け渡しを求めることが出来ますが、例えば、連絡のつく連帯保証人に対し、建物の明け渡し求めることは出来ないのでしょうか。

しかし、この点、大阪地判昭和51・3・12は、「建物明渡義務は、賃借人の一身専属的な義務であり、保証人が代わって実現することはできない。建物明渡について保証債務は、明渡の不履行により、この義務が損害賠償義務に変ずることを停止条件として効力を生じる」ものとしています。

したがって、この立場からは、連帯保証人は、建物明渡義務それ自体は負担しないことになります。

 もっとも、連帯保証人は、賃貸借契約上の賃借人の一切の債務を連帯保証するのが通常ですから、明け渡し自体は求められなくとも、明け渡し完了時までの賃料相当損害金や明け渡しに要する執行費用など金銭請求については求めることが出来ます。

 そこで、このままでは連帯保証人が支払わなければならない保証債務が膨れあがることを説明し、連帯保証人である父親の手で建物の明け渡しを実施してもらうことが現実的な解決方法でしょう。

3 残存動産を処分するための法的手段

 明渡の判決を得て強制執行に及んだとしても、それをもって、建物の内部に残された動産を当然に処分することはできません。

そこで、建物明渡を求める訴えを起こす際、同時に滞納家賃を支払えとの判決を求める訴えも起こして、その判決に基づいて残された動産の差押競売をなし、滞納家賃の一部に充当することにより、残置動産を処分するという方法が必要になります。

近時の民事執行法の改正で、資産価値の高い重要な動産を除き、明け渡しの断行当日に即時競売が出来るようになりましたので、賃料債権をもって動産類を差押えするなどして、建物明け渡しの執行費用を抑えることが大切です。

建物明け渡しの強制執行の時に、資産価値がある動産が残っていると、倉庫を借りて一定期間保管しなければならず、その保管料、運搬料、運び出し人夫の費用などがかかってしまいます。

この費用は、荷物の量にもよりますが1回の建物明け渡しで50万円程度かかると言われております。

4 残置動産放棄条項の有効性

 このように、明渡の判決を得て強制執行をするにしても、その執行費用は結構な金額になります。

それを回避するために、賃貸借契約書には「契約終了後に賃借人が部屋の明け渡しに応じない場合には、賃借人は、残置動産を放棄し、賃貸人は、鍵の変更及び残置物の処分をすることが出来る」といった条項が書かれている場合があります。

しかし、東京高判平成3・1・29は、このような条項の有効性について「本件建物についての賃借人の占有に対する侵害を伴わない態様における搬出・処分のみを認めるものと解するのが合理的」と認定し、賃借人の占有が残っている建物への立ち入り搬出・処分は違法な自力救済に該当し、許されないと判示しております。

したがって、仮に、賃貸人がこのような賃貸借契約書の条項が存在するとして、契約解除後に改めて賃借人から同意書を取り付けることなく、賃借人の建物内に入り、賃借人の荷物を持ち出したり、処分する行為は、民事上の損害賠償請求をされるおそれがあるほか、住居侵入罪や窃盗罪として処罰されるおそれがあります。

そこで、賃貸人としては、出来るだけ契約解除後、改めて賃借人と連絡を取り、鍵の引き渡しと共に残置物放棄の書面を取り付けなければなりません。

もしくは、このような明け渡しの作業については賃貸人本人が行うのではなく、連帯保証人である父親を説得して、父親の責任で行ってもらう、それが出来なければ、訴訟を提起した上で強制執行の手続きをもって行うことが必要です。

 

投稿者: 弁護士 秋山亘

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