弁護士 秋山亘のコラム

2019.07.29更新

賃貸人の破産と賃借人の相殺権について

 

(事例)

  Xはその所有ビルを家賃1ヶ月10万円、敷金50万円でAに賃貸していたが、賃貸人Xは破産をし、破産管財人が選任された。

(1) このような事例で、Aは、預け入れ敷金と今後の賃料の支払い義務と   を相殺することができるか。

(2) また、Aが敷金とは別に、Xに対し売掛金債権100万円を有していた  場合、賃料の支払い義務と相殺することを破産管財人に対し主張すること  ができるか。

(3) 破産管財人は、破産法上、賃貸借契約を一方的に解除することが認められているか。    

(4) (2)のケースで、抵当権者が物上代位権に基づいて、賃貸人の賃料債権を差し押さえてきた場合に、賃借人は、(2)の相殺を差押債権者(抵当権者)に対しても主張できるか。

 

(回答)

 この度、破産法と民事再生法が大きく改正され、その結果、賃貸人や賃借人が破産・民事再生した場合における、賃貸借契約法上の法律関係も大きく変わりました。

 そこで、今回は、賃貸人が破産した場合における賃借人の相殺権、そして、敷金返還請求権の保護の制度について、ご説明します。なお、賃貸人が民事再生した場合については、破産をした場合とは異なる法律関係となり、また、異なる賃借人保護の手続き取られておりますので、次回にご説明致します。

 (1) 敷金返還請求権と賃料債務との相殺の可否

 破産法上、債権者は、破産開始の時において、破産者に対して債務を負担している場合には、破産者に対し有している債権と相殺をすることができます(新破産法67条1項)。

破産者に対し有する債権は、弁済期が未到来の期限付きの債権や解除条件付き債権(未確定の一定の条件が発生しない限り有効な債権)でもよいとされておりますが、停止条件付きの債権(未確定の一定の条件の成就をもって初めて発生する債権)の場合には、破産開始時までに条件の成就がなされていない限り相殺することができないとされています(新法67条2項)。

そこで、賃借人が賃貸人に対して有する将来の敷金返還請求権がここに言う相殺をなし得る債権に当たるかが問題になります。

しかし、最高裁判例(昭和48年2月2日)は、敷金債権の法的性格は、建物明け渡し時までの一切の賃料債権、賃料相当損害金、原状回復費用等を担保するものであるから、これらの一切の賃貸人の賃借人に対する債権を控除した上、残金があれば、建物の明け渡しの完了が為されたときに初めて発生する債権であるとして、停止条件付き債権であると判示しており、賃借人の破産者(賃貸人)に対する相殺権を否定しております。この点は、改正破産法においても変更はないところです。

したがって、賃借人は、破産管財人の賃料の支払い請求に対して、破産開始後も、将来の敷金返還請求権と今後の賃料の支払い義務とを相殺することはできません。

もっとも、このような取扱に対しては、賃借人は一方的に賃料の支払いを請求され支払わなければならないのに敷金返還の保証がないのは不合理だとする批判がありました。

そこで、改正産法は、将来賃借人が明け渡しを完了したときに発生する敷金返還請求権を確保するために、破産管財人に対する賃借人の賃料の寄託請求の制度を設けました。

これは、賃借人が賃料を支払うときに、破産管財人に対し、預け入れ敷金額の限度内で弁済した賃料を破産管財人が預かるよう寄託を請求した場合には、破産手続きが終了して最後配当が為されるまでの期間までに、賃借人が賃貸借契約を解約するなどして建物明け渡しを完了させた場合には、破産管財人は、寄託を受けた金額の範囲内で返還義務のある敷金を賃借人に返還しなければならないと言う制度です。これにより、賃借人の敷金返還請求権が保護されるよう配慮されました。なお、破産手続開始後から最後配当が為されるまでの期間については、破産事件の規模や複雑生にもよりますので一概にはいえませんが、早ければ半年程度、長い場合には2年以上かかる複雑な事件もあります。

もっとも、この寄託請求の制度によっても、最後配当の時までに敷金返還請求権が現実化しなかったとき(具体的には、当該不動産に担保価値を超える多額の抵当権が設定されており任意売却も纏まらないなどの理由で破産管財人が破産財団から当該不動産の所有権を放棄したが、それまでに、賃借人も賃貸借契約の解約・明け渡しを行わなかった時などが想定されます)には、寄託した金額は結局は一般債権者に対する配当に回されて、破産手続きが終了しますので、寄託金も返還されないことになります。

なお、賃貸人が破産をしても、当該不動産が抵当権者の競売手続きによらずに破産管財人によって任意売却されたときには(破産事件のうち大多数は抵当権者による競売手続きよりも任意売却により不動産の処分がなされます)、新賃貸人に敷金返還請求義務が承継されます。もっとも、敷金や保証金名目で賃料の何十ヶ月分も預けている場合には、預け入れている金銭の全額が承継されるのではなく、実質的な敷金相当部分に限定されて承継されます(実務的には特殊なケースは別として事業用の通常の賃貸借のケースでは家賃の1年分相当額が敷金相当部分として承継が認められる部分の上限かと思われます)。

また、抵当権者の競売手続きによった場合でも、抵当権設定前に契約した賃借人など賃借権を抵当権者に対抗できる場合には、競落人に対し、敷金返還請求権を主張できます。

したがって、破産管財人への寄託請求の制度の実益があるのは、賃貸人破産のケースでは、ある程度限られた場面になるでしょう。

(2) 売掛金との相殺権

 改正前破産法の下では、賃借人が賃料支払い債務を受動債権として賃貸人に対する債権とを無制限に相殺できるのかについては、旧法103条1項前段の解釈をめぐり、見解が別れておりました。

 しかし、改正破産法では、賃借人の相殺に対する期待を保護すべきとの考え方から、賃借人の相殺対象の債権を「破産宣告月及び翌月の賃料について相殺できる」とする旧法103条が削除された結果、賃借人の賃料を受動債権とする相殺は無制限に認められることになりました。

 したがって、本件では、賃借人は10ヶ月分の賃料債務と100万円の売掛金債権を相殺することで、10ヶ月分の家賃を支払わずに本物件を賃借することができます(11ヶ月目から3ヶ月分は敷金返還請求権を確保すべく破産管財人に賃料を弁済する際に寄託請求をすることになります)。

(3) 破産管財人による契約解除について

 (2)のような場合、破産管財人の方からは、賃料が入らないという理由で、賃貸借契約を解除されるのではとの疑問を考えられるかもしれません。

 この点、確かに、旧破産法では、破産管財人による賃貸借契約の一方的な解除権が認められておりました(旧法59条)。

 しかし、改正破産法では、賃借人が第三者に対する対抗力を具えている場合(建物賃貸借であれば建物の引渡が為されている場合、土地賃貸借であれば借地上の建物登記がある場合がそれぞれ第三者対抗要件を具えている場合にあたります)には、破産管財人は、賃借人に対して、一方的な解除権を行使することができないとされました(新法56条1項)。

(4) 抵当権者の物上代位権による賃料差押えと相殺主張

 以上のように、賃借人の相殺権は、新法下では大幅に保護されることとなりましたが、この相殺の主張が許されるのは、あくまでも賃借人と破産管財人との法律関係についてです。

 (4)のケースのように、抵当権者が物上代位権に基づいて、賃貸人の賃料債権を差し押さえてきた場合に、賃借人が売掛金と賃料との相殺の主張を抵当権者に対しても主張できるかについては、賃借人の売掛金の取得時期が抵当権の設定よりも前か後かによることになります。

 すなわち、売掛金の取得が抵当権の設定後であれば、賃借人は相殺の主張を差押債権者(抵当権者)に対して対抗できない(最判平成13年3月13日・判時1745号69頁)のに対し、抵当権の設定前であれば対抗できます。

投稿者: 弁護士 秋山亘

2019.07.23更新

中古マンションを購入する際の注意点~その2

 

(質問)

 当社は、中古マンションを購入することになりました。前の所有者は、自己破産をして免責を得た後、抵当権者主導で任意売却をした物件です。そして、前の所有者は、管理費と修繕積立金を過去7年間支払っていなかったようです。

 このようなケースでは、管理費・修繕積立金は時効にかかっているのでしょうか。

 また、前の所有者が自己破産をして免責を得た以上、当社は前の所有者の管理費を支払わなくてよいのでしょうか。

(回答)

1 管理費・修繕積立金の時効

これまで、管理費・修繕積立金の時効期間は、民法167条1項の一般債権であるという10年説と、民法169条の定期給付債権(典型例としては家賃がこれに当たります)に当たるという5年説に分かれておりましたが、近時の下級審裁判例(東京高裁平成13年10月31日、東京地裁平成9年8月29日)では10年説を採用するものが出ておりました。

しかし、最高裁判所は、管理費等の時効期間について、平成16年4月23日最高裁判所第二小法廷判決において、5年説を採用することを明らかにしました。

したがって、今後は、5年説に基づいて実務運用がされることになります。

本件では、2年分の管理費・修繕積立金については時効消滅を主張できることになります。

もっとも、時効消滅を主張できるのは、前の所有者とマンションの管理組合との間で時効の中断事由がない場合です。

前の所有者が管理費等の滞納期間を明示して滞納を認める念書を管理組合に差し入れている場合や管理組合が滞納者に対し訴訟を提起し勝訴判決を得ている場合には、時効は中断されています。

したがって、念書を差し入れている場合には念書の作成日から5年間、勝訴判決の場合には判決確定時から10年間は時効消滅の主張はできません。

なお、時効中断の方法としては、以上の他に、催告書・請求書等で請求する方法も挙げられます。しかし、この裁判外での請求では、請求をした日から6ヶ月以内に正式な裁判を提起しないと時効中断としての効力は認められません。したがって、たとえば、4年11ヶ月目に管理組合が内容証明郵便等で裁判外の請求をしていれば、請求後6ヶ月間は時効の完成を暫定的に止めることができますが、6ヶ月を過ぎるまでに訴訟を提起していないと、時効中断との関係では内容証明郵便による請求は何の意味もなくなります。

以上のように、発生日から5年を経過した管理費等は必ずしも時効消滅しているとは限りませんので、そのような物件を購入する際には、事前に管理会社や管理組合に問い合わせる等して時効中断事由の有無を調査しておくべきでしょう。

2 前の所有者が自己破産した場合の管理費の支払義務

前の所有者が自己破産をし免責決定を得た場合、破産決定日を堺に破産決定日までの管理費・修繕積立金については、管理組合は当該破産者に対して請求できません。破産決定日以降の管理費・修繕積立金については、管理組合は当該破産者に対しても請求できます。

では、中古マンションの新しい所有者は、前の所有者との関係では既に免責されている破産決定日までの管理費・修繕積立金についても、管理組合に支払う義務があるのでしょうか。

この点に関しては法も明確な規定をおいておらず、また、裁判例もいまだ出ていないようです。

この点、免責決定を得たことで、債務者に対しては強制的に請求できない債務を前の所有者から区分所有法8条により承継したに過ぎないと考えれば、新しい所有者は管理組合に対し支払う法的な義務はない(破産免責の効力を承継する)という考え方もあるでしょう。

しかし、以下のような理由から、前の所有者の下で破産免責された管理費等でも、新しい所有者との関係では管理組合に対し支払義務を負う可能性が高いと思われます。

 ① 管理費・修繕積立金の支払義務についての前所有者と新所有者との関係ですが、連帯債務又は連帯保証債務の関係にあるという説が有力です。これによると、連帯債務者又は主債務者の1人が免責を得たとしても、他の連帯債務者又は連帯保障人には免責の効力は及ばないことになりますので、前所有者が破産しても、前の所有者とは連帯債務の関係にある新所有者についても、免責の効力は及ばないとするのが理論的な帰結となります。

 ② 管理費・修繕積立金は、当該マンションの価値を維持する為に不可欠なものですが、新しい所有者が、従前適正に管理されることで維持され、又は、修繕積立金によって修繕されたマンションの価値を享受できるのも、これまでに他の区分所有者によって管理費や修繕積立金が毎月きちんと支払われてきた蓄積があるからです。しかし、新しい所有者のみがこのようなマンション維持・管理の利益を享受しながら、偶々前の所有者が破産免責されたという理由で新所有者はマンションの管理費・修繕積立金の支払義務を免れ、他方で、マンションの維持・管理の利益、そして、マンション修繕の利益を享受出来るというのは、極めて不公平な結果となります。その為、管理費・修繕積立金は、単に前の所有者の債務を引き継ぐというものではなく、区分所有権と一体となって承継される債務と解されます。そうすると、前の所有者が偶々破産をして破産免責を受けたかどうかに関わりなく、新しい所有者は、前の所有者から区分所有権を承継した以上、管理費等の支払い義務を負うべきことになります。

 ③ 一般に、破産免責された債務は、免責により消滅するのではなく、自然債務として存続はすると解されています。自然債務とは、債務者の方から任意に支払えば債務の弁済として有効となるが、債権者は債務者に対し強制的には支払を求めることはできない債務のことです。このように破産免責された債務は消滅するわけではないので、破産免責の効力が及ばない者に対しては、通常の債務として債権者からの請求に強制力が認められることになります。そして、破産法は、破産者の資力や破産者の社会経済的更生を企図して特別に破産者の為に認めた制度が破産免責の制度ですから、破産法の趣旨から考えても、この免責の効力を破産者ではなくマンションの新しい所有者にまで拡張して認める合理性はないことになります。

  以上のような理由から、いまだ裁判例が出ている事案ではありませんが、前の所有者との関係で免責を受けた管理費・修繕積立金でも、新所有者が支払義務を負う可能性は高いと思われます。

  従って、破産者が所有していた中古マンションを購入される場合にも、管理費等の滞納の事実があるかどうか十分調査した上で、購入する必要があると思われます。

投稿者: 弁護士 秋山亘

2019.07.16更新

中古マンションを購入する際の注意点

 

(質問)

  (1)  この度、中古マンション取引の仲介を行うこととなりましたが、その中古マンションにおいては、管理費・修繕積立金等の滞納があるそうです。このような中古マンションの購入に際して、注意すべき点を教えてください。

  (2) (1)の滞納管理費等ですが、滞納期間が7年を経過しております。管理費等の支払い義務に対しては、時効が成立しているのではないでしょうか。

 (3) また、上記の事例で、滞納期間が長期に渡っており遅延損害金も相当多額にのぼっているのですが、このような遅延損害金も、購入者は支払わなければならないのでしょうか。

  (4) また、管理費等の滞納がある中古マンションを当方が一旦購入し、それを転売するという方式を採った場合、転売後も、購入者が滞納管理費等を支払わない場合、当方の管理費等支払い義務は免れないのでしょうか。

 

(回答)

1  (1)の回答

  中古マンションの購入に際してしばしば問題となるのは、滞納管理費等の支払いに関してです。

 滞納管理費等がかさんでいる中古マンションを競売により落札する場合も、任意売却により購入する場合も、購入者は、区分所有法第8条の「特定承継人」として、滞納管理費等の支払い義務があります。

 従って、仲介人としては、当該マンションにいくらの滞納金があるのかを、マンションの管理会社に問い合わせるなどして調査し、購入者に説明しなければなりません。

 この説明義務を怠ると、仲介業者は、重要事項説明義務違反による損害賠償を請求される場合があります。

2 (2)の回答 

  また、滞納管理費等が長期間に亘り滞納をしている場合には、滞納管理費の支払い義務が時効により消滅している場合があります。

  この時効が成立する期間ですが、これまでは下級審の裁判例として、5年説と10年説に分かれておりました。本件でも、5年説に立てば、過去から遡って2年分の管理費等については、時効により消滅しているとも考えられます

  但し、5年を経過しないうちに、①訴訟が提起されている、②滞納者本人が管理費等の滞納を承認をしている、③滞納管理費等の一部を支払っている、といったケースでは、時効は中断しておりますので、時効は成立しておりません。

  しかし、近時は、10年説に立つ裁判例が相次いでおります(東京高裁平成13年10月31日、東京地裁平成9年8月29日、但し、最高裁判例はありません)。

  従って、この点が争点になり訴訟になった場合には、10年説にたつ判決がでる可能性が高いものと思われます。

3 (3)の回答

  滞納管理費等に対する遅延損害金ですが、これも法律上は購入者が全額支払わなければなりません。

  ただし、購入者が任意に支払うことを条件として遅延損害金の全額免除、一部免除若しくは6%等の低率の遅延損害金への引き直しを求め、管理組合と交渉をするというケースはよくあります。

  管理組合としても、訴訟費用をかけてまで遅延損害金を回収するよりは、低金利の経済情勢を背景にして、遅延損害金の支払いについては、免除に応ずるケースも多くあります。

4 (4)の回答

 本件は、マンションがA→B→Cと譲渡され、Aが所有していた期間の管理費等を滞納していたというケースす。

 当該マンションがAからBへ譲渡されCへ転売される以前の時点では、Bが特定承継人にあたり滞納管理費等の支払い義務を負うのは当然です。

 本件は、その後BからCへ当該マンションが譲渡転売されたことにより、Bは一旦負担した滞納管理費の支払い義務を免れるのか、それとも、Cと共に連帯して滞納管理費の支払い義務を負うのかという問題です。

 この点、大阪地裁昭和62年6月23日は、上記のような事案ではBには支払い義務がないとしています。これを受けて、実務上でも、Bには特定承継人としての支払い義務はないという取扱が一般的となっております。

 もっとも、この点についての最高裁判例は未だ出ておらず、上記大阪地裁判決に対する批判も強い(マンション紛争の上手な対処法・日本マンション学会法律実務研究会編・205頁)ことから、今後最高裁判決が出た場合に異なる判断が下される可能性がある点は付言しておきます。

投稿者: 弁護士 秋山亘

2019.07.08更新

消費者契約法と宅地建物取引

 

1 はじめに 

 平成13年4月1日から消費者契約法が施行されました。これまで、事業者と消費者の間には交渉力と情報に大きな格差があるため、消費者が不当な契約を強いられるといった批判がありました。消費者契約法は、この格差を是正し、消費者を不当な契約から守る目的で定められた法律です。消費者契約法は、適用範囲が広い上、民法の特則として消費者保護にとって強力な保護規定を設けております。そこで、今回は宅地建物の取引においても注意して頂きたい消費者契約法についてご説明します。

2 消費者契約法の適用範囲 

 消費者契約法は、「事業者」と「消費者」との間の契約に広く適用されますので、宅建業者が「消費者」と契約する場合や「事業者」に該当する貸主と「消費者」に該当する借主間の契約を仲介をする場合等は、この消費者契約法が適用されるということを念頭に入れて契約を締結しなければなりません。

 「事業者」とは、何度も繰り返し同じ内容の業務をやっている者のことです。会社でなく個人でも、また営利団体でなく学校・宗教法人などの非営利団体でも適用があります。

 「消費者」とは、「事業者」以外の者で、原則として個人の非事業者に限られ、団体は含まれません。但し、実質は個人と同視できる個人企業の場合には、通常の業務と全く関連しない分野での契約でしたら、「消費者」とみなされる場合もあります。

 なお、消費者契約法は、平成13年4月1日以降に契約締結されたもののみが適用される為、これ以前に締結された契約には適用はありません。

3 消費者契約法の内容

(1)重要な情報の虚偽告知・不提供による契約の取消し

 事業者が品物・権利・サービスの質や価格等について、真実と異なることを告げたり、又は、ことさらに消費者にとって不利益な事実を告げなかった場合で、そのため、消費者が嘘の事実が存在すると信じたり、不利益な事実は存在しないものと信じてしまった場合に、消費者は当該契約を取消すことができます。建物売買においては、重要な事項については、メリットだけでなく、デメリットも告げないと取り消される可能性があるのです。

(2)困惑行為による契約取消し

 消費者が退去すべき旨を事業者に表明したのに、事業者が消費者の住所や勤務先に居座ったため、消費者が困惑し、契約締結してしまった契約も、消費者は取消可能になりました。

(3)事業者の損害賠償責任を免除する条項の無効

・瑕疵担保責任の免責条項は原則無効になります。

 従いまして、例えば、建物の賃貸・売買における建物の欠陥、宅地の賃貸・売買における土地利用権の制限(地役権の設定、建築基準法の制限規定)等において瑕疵担保責任の免責条項を入れても無効になります。

・「事業者側による債務不履行によって生じた損害はこれを全額を免除する」との条項も無効になります。また、事業者の故意・重過失によって生じた損害については一部免除の条項も無効になります。

(4)消費者が支払う損害賠償の額を予定する条項の無効

・契約書において、消費者の債務不履行があった場合の損害額を「損害賠償の予定」「違約金」「迷惑料」等の名目で、予め通常生ずる損害より高額に定めている場合があります。しかし、このような取り決めた金額が、「同種の取引において生ずる平均的な損害額」より高額な金額である場合は、その超過分の損害額の定めについては無効になります。

 例えば、解除に伴う建物明渡し履行期日以降に借家人が居座った場合、通常賃料相当損害分の他に執行費用、事務手数料、迷惑料といった損害も通常生ずるでしょうから、賃料相当額よりも若干高めに設定することは、「平均的損害」を上回るとはいえないでしょう。しかし、通常賃料の3倍、4倍とする旨の約定の場合は、平均的損害を上回ることになるでしょう。どこまでが賃貸借契約という取引類型の解除の際生ずる「平均的な損害」であるかは、今後の裁判例の集積を待つしかないでしょうが、高くとも賃料の2倍までが限界ではないでしょうか。

・また、金銭支払義務の遅延損害金は、年率14.6パーセントに限定されます。それ以上の取決めをしても14.6パーセントまで減額されます。

(5)その他消費者の利益を一方的に害する条項

 上記の他にも消費者にとって一方的に不利な不当条項は無効になる可能性があります。

 例えば、事業者のみが契約内容を一方的に変更・決定できる条項、賃借人に畳み張り替え、クロス張替え、ハウスクリーニング等通常使用による損耗の回復義務も課した条項です(この点は従前から判例上は制限解釈されてきた〔99年11月号512頁参照〕が、消費者契約法によってより一層認め難くなりました)。

 この他にもいろいろな例が考えられますが、要は、契約書を結んだからといって、必ずしもこれに拘束力を持たせることはできなくなったということです。逆にいえば、今後は何でも事業者に有利な契約書を結べばそれでよいというのではなく、各条項が消費者にとってあまりに一方的で不当・不公平な条項にならないよう契約内容を工夫しないと、結局は裁判で無効にされてしまい元も子もなくなってしまうということです。その意味で、どうしても譲れない事業者(貸主の方)の契約条項であって、かつ、一見して消費者に一方的に不当な条項に該当すると思われるものについては、お近くの弁護士に相談すると良いでしょう。そのままでは不当条項にあたり無効になるものでも、条項の定め方を工夫したり、消費者の利益を少々配慮するなど条項の修整によっては、不当条項に該当しないように調整できる場合もあるからです。

 例えば、前記通常使用による損耗の回復義務にしても、①賃料が経年劣化による減損分を反映していない程度に低額であるとか、契約時に権利金等の一時金の授受がないとか、損耗回復の範囲がある程度限定されているとかなどの事情に照らして消費者に損耗回復義務を課すことが合理的である場合で、かつ②契約時に前記回復義務を消費者に具体的に説明し、単に契約書に記載があるだけでなく別途その承諾を取っている場合には、「消費者の利益を一方的に害するもの」とはいえず、かかる条項も有効になるでしょう。

投稿者: 弁護士 秋山亘

2019.07.01更新

店舗賃貸借契約の中途解約と権利金の返還

 

<質問>

契約期間4年の店舗賃貸借契約を結ぶ際、かなり高額の権利金を支払いました。しかし、事業が思うようにいかなくなったため、賃貸借契約書における中途解約の条項に従い2年間の使用後に契約を解約しました(契約書では解約予告期間が半年前となっておりましたので、半年前に解約予告の通知をしました)。

このような場合、借家人は賃貸人に対し権利金の一部を返還請求することはできるのでしょうか。

 

<回答>

1 権利金の法的性質 

この問題を検討する前提として、権利金の法的性質について検討しておきたいと思います。

権利金の法的性質については、①営業上の利益の対価とする見解、②賃料の一部の一括前払いとする見解、③賃借権そのものの対価とする見解、④場所的利益に対する対価とする見解、⑤上記①から④のいずれの性質も有するとする見解、などに分かれております。

いずれの見解も一長一短ですので、当該物件の場所的環境や契約締結の経緯など具体的事情に照らして、①から⑤のいずれの性質かを判断する必要があると思います。

2 賃貸借契約の途中解約と権利金の返還請求

(1) 契約期間満了による終了の場合

権利金は、通常は、契約期間の満了により賃貸借契約が終了した場合には返還されない(すなわち貸主が権利金の全額を取得する)ことを予想して交付される金銭です。

したがって、特別の合意が存在しない限り、賃貸借契約が「期間満了」により終了した場合には、借家人が権利金の返還を求めることはできません。

(2) 契約期間の定めがある場合に中途解約がなされた場合

契約期間の定めのある場合には、その契約期間内は賃借物件を使用・収益することを前提として権利金の額が定められているのが通常であり、契約当事者の合理的意思だと考えられます。このことは、前記の権利金の性質に関する①ないし⑤のどの考え方に従っても同様の事だと思われます。

したがって、そのような契約期間の途中に賃貸借契約が終了した場合には、借家人は、権利金を支払った分をいまだ十分に利用することができなかったものであり、他方、賃貸人側は権利金の全額を受領するに足る十分な期間借家人に対し賃借物件を利用させていないのですから、未経過の契約期間に相当する権利金については、返金を認められても、損失はなく、むしろ返金を認めるのが公平と言えます。また、中途解約による貸主の損失についても、相当な解約予告期間を設けるなどして損失を回避することも可能です。

したがって、下級審の裁判例(東京地判昭42・5・29判時497・49等)の多くは、権利金の性質が、営業ないし営業上の利益の対価であれ、場所的利益に対する対価であれ、賃料の一部の一括払いの性質であれ、その他であれ、賃借期間と残存期間とを按分比して、不当利得として残存期間分に相応する金銭の返還請求を認めております。これは、借家人の都合による合意解約の場合や中途解約条項に基づく中途解約の場合にも認められます。

また、借家人の債務不履行による契約解除の場合など賃借人が自ら招いた契約解除でも、権利金の返金が認められるかについて争われた事案でも、裁判例(東京高判昭29・12・6東高民時報5・13・298)は、契約解除の原因はともあれ、賃借期間を十分利用することができなかったことには代わりはないとして、やはり、残存期間に相応する分の権利金の返還を認めております。もっとも、借家人の債務不履行による契約解除によって賃貸人が受けた損害とは差引きされますので、この点には留意が必要です。

以上のように、契約期間が満了する前に契約が中途解約された場合には、未経過の契約期間に按分して権利金の一部の返金が認められるというのが裁判例ですので、本件でも権利金のうち2分の1相当額の返金を求めることが出来ると考えられます。

投稿者: 弁護士 秋山亘

COLUMN 弁護士 秋山亘のコラム
FAQ よくある質問
REVIEWS 依頼者様の声