弁護士 秋山亘のコラム

2017.01.30更新

不動産業者に騙され自宅に根抵当権を設定されてしまいました

 

<質問>

 私の父は、2年前にある不動産業者から自宅を購入し、現在はその自宅で一人暮らしをしています。父は、ほんの僅かな預金を残している以外には財産はなく、自宅は父にとっては唯一自慢の財産です。

今年で83歳と高齢になりますが、ここ数年の間で少しづ痴呆が進行していました。

 先日、たまたま父の家に寄ったところ、見知らぬ不動産業者からの書類があったので、その書類に目を通したところ、それは、不動産業者Xを債務者、貸金業者Yを担保権者とする極度額5000万円の根抵当権を父の自宅に設定するという契約書で、父の署名捺印が為されておりました。

 父に問い質したところ、不動産業者Xは2年前に現在の自宅を購入した際の不動産業者で、どうしても経営が苦しいから200万円の連帯保証人になって欲しいと懇願された、自宅購入の時に200万円をまけてもらうなどお世話になった不動産業者だったので200万円ならしょうがないと思い仕方なくXの用意した書類に署名捺印したとのことでした。自宅への極度額5000万円の根抵当権の設定の話など一切聞いておらず、そのことを父に話すと大変な事をしてしまったと嘆いておりました。

 そこで、不動産業者Xに問い合わせたところ、現在、Yから4000万円を借り入れているが、まだ返済の目処がついていないとのことでした。高齢者の自宅にこのような根抵当権の設定登記をするなんて酷すぎると言って抗議したところ、Xは、「こっちはきちんと契約書を結んでるんだ!」と声を荒げて電話を切ってしまいました。

 どうしようかと困り果てていると、その約1ヶ月後に、裁判所から「競売開始決定」という通知が届きました。

 契約書に署名捺印をしてしまった以上、もうどうにもならないのでしょうか。

<回答>

1 これは、典型的な詐欺の一種だと思われます。しかも、契約書に署名捺印をしている上、根抵当権設定の登記までしているため、その無効を主張するのは容易なことではありません。

 しかし、だからといって、裁判所の救済が受けられないというものではありません。

2 本件では、民法第95条の錯誤無効の主張が考えられます。

 錯誤無効とは、例えば、契約書に署名捺印することで根抵当権の設定の意思表示をしたが、何らかの原因で、①本人が思い違いをしており、根抵当権設定の意思が欠いており、また、②その思い違いをしたことに重大な過失があったとは言えない場合に、根抵当権設定の意思表示を無効にできるという制度です。

3 お父様は極度額5000万円の根抵当権設定について一切説明を受けていないと話しているところ、確かに、通常の事案では、契約書の中身を理解せずに署名捺印などするはずがないとの推定が働きますので錯誤無効の主張は難しいところですが、本件では、お父様が唯一の財産である自宅に対し2年前に自宅を購入しただけの付き合いしかないXの為に5000万円もの根抵当権を設定する合理的理由は考えられないこと、お父様がかなり高齢でなおかつ痴呆も進んでいるということからして契約書の内容を理解しないで署名捺印をしてしまうという事態は十分考え得る事態であることからして、裁判所において錯誤無効が認められる可能性は十分あると考えられます。

 具体的には、まずは、競売手続が進行し、落札者が決定される前に、競売中止の仮処分を申請した上で(但し、裁判所が決定した金額の担保を供託しなければなりません)、裁判所に対し、根抵当権設定登記無効確認の訴えを提起することになります。

 なお、上記の錯誤無効の法律構成のほかに、消費者契約法4条の虚偽の不実告知による取り消し、民法96条の詐欺取り消しなどの主張が考えられます。ただし、消費者契約法は、契約を取り消すことが可能な時から6ヶ月で取り消し権が時効になります。詐欺については、不動産業者による「虚偽告知の事実」だけでなく「騙す意思の存在」などの立証まで必要になりますので、立証の面での難しさを否定出来ません。本件のような事案では、被害者側の「内心的効果意思の欠如」の立証で足りる錯誤無効の法律構成が一番相当なように思われます。

いずれにしても早急に信頼の出来る法律事務所に相談に行くべきでしょう。

投稿者: 弁護士 秋山亘

2017.01.25更新

マンション管理費の時効問題

 

<質問>

  私は、ある中古マンションを裁判所の競売手続きで落札しました。そうしたところ、私も競売の物件明細書をよく確認しなかったのがいけないのですが、このマンションの前所有者は10年分も管理費等を滞納しており、マンションの管理組合からは、10年分の管理費・修繕積立金とその遅延損害金を請求されました。予想外の大きな金額なので戸惑っています。何とかならないでしょうか。

 

(回答)

1 中古マンションを競売により落札する場合も、任意売却により購入する場合も、購入者は、区分所有法第8条の「特定承継人」として、前所有者が滞納していた滞納管理費の支払い義務を負います。

このマンションの滞納管理費は、購入者が滞納管理費に関する物件明細書の記載を知っていたか否かに関わらず(もっと言えば、たとえ物件明細書に管理費等の記載がなくても)支払い義務がありますので、競売物件を購入する際には十分に注意する必要があります。

2 もっとも、マンションの管理費に関する時効期間は、かつては5年説と10年説に分かれておりましたが、現在は5年とするのが確定した判例(最高裁判決平成16年4月23日)です。

 したがって、本件についても、5年を超える管理費については、①管理組合が前所有者から管理費に関する債務承認の書面を取っている、或いは、②前所有者に対し訴訟を提起し勝訴判決を得ているなどの「時効中断」の事由がなければ、時効消滅の主張が可能です。

3 次に、遅延損害金についてですが、遅延損害金の支払い義務についても法的には管理費等の元本と共に購入者に承継されます。

ただし、購入者が任意に支払うことを条件として、遅延損害金の全額免除、一部免除若しくは6%等の低率の遅延損害金への引き直しを求め、管理組合と交渉をするということは実務上よく行われております。

 管理組合としても、訴訟費用をかけてまで遅延損害金を回収するよりは、低金利の経済情勢を背景にして、遅延損害金の支払いについては減免に応ずるケースが多くありますので、遅延損害金の減免については管理組合と協議してみる余地は十分にあると思われます。

投稿者: 弁護士 秋山亘

2017.01.16更新

遺産分割調停とは

 

<質問>

 父がなくなり、遺産相続をしなければならないのですが、3兄弟間で話し合いがまとまりそうもありません。

そのため、遺産分割調停の申し立てを考えていますが、遺産分割調停とはどのような手続きなのでしょうか。

また、申し立てにはどのような書類が必要なのでしょうか。

<回答>

1 相続財産を分配するには相続人全員の合意が必要になります。

しかし、一般的に遺産には、現金だけでなく不動産、株式、債券などの様々なものがあります。そのため、これらの遺産を相続人全員が、満足できるように分割するのは、大変難しいものです。

これらの遺産の分配方法を相続人全員の協議によって決めるのが遺産分割協議ですが、当事者間で協議がまとまらないときは、家庭裁判所に遺産分割調停の申し立てをすることになります。

遺産分割調停というのは、家庭裁判所の調停委員が、相続人同士の意見や主張を聞きながら、うまく合意できるように進める制度です。

この調停委員は、弁護士など相続事件の専門の方が裁判所から選任されて就任するものなので、当事者の意向を聞き取り、亡くなった人への貢献度、職業や年令などを総合的に判断して、相続人各人が納得できるよう、話し合いを進めます。

また、調停の場合、申立人と相手方が片方ずつ調停室に入り、調停委員に事情を話すという方法で、話し合いが進められていくため、原則として、直接相手方と面と向かって口論するようなことはありません。

このようにして、相続人全員が遺産の分配方法に合意すれば、遺産分割調停が成立し、調停調書が作成されます。この調停調書は、判決と同じ効力を有します。

しかし、この調停でも話し合いの合意ができないときは、「遺産分割審判申立書」を提出して、家庭裁判所の審判で結論を出すことになります。

審判では調停のときのように、相続人同士の話し合いが行われることはなく、通常の裁判と同じように、当事者が主張や証拠を提出し、家庭裁判所が公平に判断して、審判を下すことになります。

この家庭裁判所の審判には、強制力があり合意できない場合も、これに従わなければなりません。

なお、遺産分割では、まず最初に相続人同士で協議を行なうのが前提で、協議もせずにいきなり家庭裁判所の審判に持ち込むことはできません。
2 次に、遺産分割調停の申し立てには、以下のような書類が必要になります。

・遺産分割調停(審判)申立書
・相続人全員の住民票の写しと戸籍謄本
・被相続人の戸籍(除籍)謄本
・遺産目録
・不動産登記簿謄本
・固定資産税評価証明書
・預貯金の残高証明書
・印鑑

このほかに調停の申立費用としては、収入印紙代1200円、通信切手代などが必要になります。

このなかで重要なのが遺産目録で、遺産の取りこぼしがないように作成しなければなりません。相手方が遺産の情報を握っているという場合には、相手方から遺産の情報を開示させて遺産目録を作成する必要があります。

また、戸籍謄本は被相続時の出生時からのものを取り寄せる必要があります。被相続人に認知した婚外子などがいないかを確認する必要があるためです。

3 遺産分割調停の大まかな手続きは以上のとおりですが、実際の相続事件においては、単純に遺産を分ける方法を協議するというだけではなく、寄与分があるか、特別受益(生前贈与など)はあるかによって、各相続人の相続分が異なってきます。

また、遺産の分け方についても、例えば、不動産の価値を何時の時点でどのように評価するかによっても、各人の取り分は大きく異なってきます。

また、どのような遺産が残っているかについても、相手方にしか遺産の情報がない場合には、例えば預金取引履歴の開示手続が必要な場合などもあり、遺産の調査には専門家の協力が必要な場合が多いです。

しかし、調停委員は、あくまでも中立の立場の方であるため、一方の当事者の立場にたって有利な主張や証拠を助言してくれる立場にありません。

そのため、遺産分割調停を申し立てるという場合には、できれば早い段階から弁護士に相談しながら、遺産分割調停を進めていくことをお勧めします。

投稿者: 弁護士 秋山亘

2017.01.11更新

死亡保険金と相続の法律問題

 

<質問>

(1)父が生命保険の被保険者として加入し、その後死亡したのですが、保険契約上、死亡保険金の受取人は長男である私に指定されておりました。弟は、死亡保険金も父の相続財産だと言って、遺産分割をするよう求めております。死亡保険金も遺産分割の対象になるのでしょうか。

(2)(1)の事例で、父には生前に相続財産を上回る多額の借金があったため、相続放棄をしようと考えております。相続放棄をすると死亡保険金を受け取る権利も失うのでしょうか。 

(3)(1)の事例で、弟と遺産分割をする際に、弟は、私が父の死亡保険金を受け取っていることを理由に、父の遺産分割では私の相続分を減らすよう求めております。弟の求めに応じなければならないのでしょうか。

<回答>

1(1)の回答

最高裁昭和40年2月2日判決は、保険契約において受取人として相続人のうちの特定の個人が指定されている場合には、保険金請求権は、保険契約の効力発生と同時に当該相続人の固有財産となり、被保険者(兼保険契約者)の遺産より離脱していることを理由に、死亡保険金は相続財産にはならないと判示しております。

したがって、本件のような場合には死亡保険金は遺産分割の対象にはなりませんので、弟の求めに応じる必要はありません。

なお、仮に死亡保険金の受取人が単に「相続人」されており、個人として特定されていない場合の扱いですが、このような場合についても最高裁昭和40年2月2日判決は、保険契約によって特定の相続人に相続されるものと解して、相続財産にはならないと判示しております。この場合の相続人間の分配方法ですが、保険約款に定めがあればそれに従い(約款の多くは「均等に分ける」旨の定めがあるようです)、保険約款にも定めがない場合には法定相続分に従い分配されることになります。

これに対して、保険契約上の受取人が亡くなられた被保険者本人となっている場合には、被保険者本人がいったん取得した保険金を相続することになりますので、相続財産として扱われることになります。

2(2)の回答

 前記1のとおり、生命保険金は、保険契約において特定の受取人が指定されている場合には相続財産にはなりませんので、相続放棄をしたとしても問題なく死亡保険金を受け取ることができます。

3(3)の回答

 この問題は、保険契約において死亡保険金が特定の相続人に与えられた場合、死亡保険金の授与を民法903条1項の特別受益と考えて、当該相続人の相続分を減じることができるかという問題です。

 この点に関して、最高裁平成16年10月29日判決は、原則としては特別受益には該当しないと判断しましたが(したがって当該相続人の相続分を減じる必要はないことになります)、「保険金の額,この額の遺産の総額に対する比率,保険金受取人である相続人及び他の共同相続人と被相続人との関係,各相続人の生活実態等の諸般の事情を総合考慮して,保険金受取人である相続人とその他の共同相続人との間に生ずる不公平が民法903条の趣旨に照らし到底是認することができないほどに著しいものであると評価すべき特段の事情が存する場合」には,民法903条1項の類推適用により,特別受益に準じて持戻しの対象となる(すなわち、当該相続人の相続分を減じる必要がある)と判断しました。

 したがって、原則的には、死亡保険金を受け取っているという事情は、死亡保険金以外の遺産に対する遺産分割において考慮されることはありません。

しかし、死亡保険金の金額が高額であり、他方で、その以外の相続財産の金額がわずかであるなど兄弟間において死亡保険金も含めた相続による取得額に著しい差が生じ、また、そのような差を設けることが著しく不公平であると認められるような事情が特に認められるのであれば、死亡保険金を取得しているという事情は、遺産分割において当該相続人の相続分の減額事由として考慮されることになります。

投稿者: 弁護士 秋山亘

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