弁護士 秋山亘のコラム

2018.02.26更新

遺留分の放棄に関する法律相談

 

<質問>

 私は、ある不動産賃貸業の会社を経営しており、いくつかの不動産を保有しております。

 妻は既に他界しておりますが、子どもが二人おります。長男は会社の経営を手伝い、次男は海外で悠々自適に暮らしている状況です。

 長男に会社を引き継がせるため、次男には一定額の預金を渡すことで、会社の株式とそのほかの不動産等の財産については、長男に相続させることを考えております。

 幸いにして次男もその考え方に了解してくれています。しかし、将来のことを考えると、次男にしても考えが変わるとも限りませんので、きちんとした法的な手続きを取っておきたいと思います。

 どのような手続きを取ればいいのでしょうか。今のうちに、次男から相続放棄の書面に署名・捺印をもらっておけばよいのでしょうか。

なお、これまでに長男・次男に生前贈与したことはありません。

<回答>

1 被相続人の生前に相続人が相続放棄の書面を作成していたとしても、生前の相続放棄は無効とされております。

 そのため、本件のように被相続人の生前において相続財産の分配方法を確定しておきたい場合には、あらかじめ遺言書を作成しておいて、相続財産の分配方法を具体的に定めた上で(例えば、預金Xは次男に、その他の遺産は全て長男に相続させる)、次男においては遺留分放棄の許可の申立(民法1043条)を家庭裁判所にして、家庭裁判所から許可の審判を得ておく必要があります。

家庭裁判所は、次男において遺留分の放棄の意思表示が真意に基づくものか、その他遺留分放棄に至った事情を考慮して、許可の審判をします。

2 もっとも、生前における遺留分の放棄が意味をなすのは、遺言による相続財産の分配方法が遺留分を侵害する場合です。本件における次男の遺留分は、これまでに生前贈与をしたことはないとのことですので、相続財産から相続時の負債額を差し引いた金額の4分の1(=1/2×1/2)です。

したがって、遺言によって次男に渡す予定の預金額がこの遺留分額を下回らなければ、遺留分を侵害することはないので、遺言書を書くだけで足ります。

本件のように不動産を多数お持ちの場合には、不動産の価値がかなり高額となる場合が多いでしょうから、一定額の預金を渡してもなお遺留分を侵害するとされるケースが多いでしょう。生前における遺留分の放棄の許可の手続きを取るべきか否かは、この点を考慮して決めることになります。

3 このほかに「中小企業における経営の承継の円滑化に関する法律」では、会社の事業承継にあたって、後継者が議決権の過半数を確保することできるよう、株式等の生前贈与が行われた場合の遺留分に関する民法の特例が設けられております。

これは、一定の要件を満たす中小企業においては、旧代表者の推定相続人全員の合意により、旧代表者から後継者に生前贈与された株式等を①推定相続人の遺留分算定の基礎財産から除外する、または、②後継者が贈与を受けた株式等の評価額を一定額に固定する合意がなされ、その合意内容について家庭裁判所の許可を受けることにより、当該生前贈与を受けた株式等に対する遺留分の行使を制限できるというものです。

②は、株式等の生前贈与が為された後、後継者の経営努力によって株式の価値が上昇したという場合に、遺留分算定の際の株式の評価額は相続開始時を基準とされていることの不公平さをなくすための制度でもあります。

民法の制度は、遺留分の放棄という制度であり、遺留分権者にとってはオールオアナッシングの制度のため、かえって使いにくいという難点がありましたが、上記制度は、事業承継に必要な株式に関してのみ適用される制度ですので、遺留分を全部放棄してしまう民法の制度に比べて中間的な方法として利用が期待できます。

投稿者: 弁護士 秋山亘

2018.02.19更新

通常損耗の原状回復費用と敷引特約の有効性

 

<質問> 
建物の賃貸借契約において,建物退去時の居室の通常損耗に関する原状回復費用を,敷金から定額で控除する方法で,賃借人に負担させる特約は有効でしょうか。

 
<回答>
1 質問のような特約が消費者契約法10条に違反しないかが争われた事案として,最高裁平成23年3月24日判決があります。
 上記最高裁判決は,結論としては,消費者契約法に違反しないとして質問のような特約を有効としましたが,同時に,控除される敷引金の額が敷引特約の趣旨からみて高額に過ぎる場合には,無効になる場合もあることを示しております。
 そこで,今回は,上記最高裁の判示に即して,消費者契約法10条の問題を解説したいと思います。
2 まず,消費者契約法10条は,消費者契約の条項が「民法等の法律の公の秩序に関しない規定,すなわち任意規定の適用による場合に比し,消費者の権利を制限し,又は消費者の義務を加重するものであること」を要件としています。
この点,賃借物件の損耗の発生は,賃貸借という契約の本質上当然に予定されているものですので,賃借人は,特約のない限り,通常損耗等についての原状回復義務を負わず,その補修費用を負担する義務も負いません(前掲最高裁判決)。
したがって,賃借人に通常損耗等の補修費用を負担させる趣旨を含む本件のような特約は,任意規定の適用による場合に比し,消費者である賃借人の義務を加重するものに該当します。
3 次に,消費者契約法10条は,「消費者契約の条項が民法1条2項に規定する基本原則,すなわち信義則に反して消費者の利益を一方的に害するものであること」を要件としています。消費者契約法10条違反が問題となる事案では,主にこの要件を満たすかが争点となっております。
 この点に関して,前掲最高裁判決は,「通常損耗等の補修費用は,賃料にこれを含ませてその回収が図られているのが通常だとしても,これに充てるべき金員を敷引金として授受する旨の合意が成立している場合には,その反面において,上記補修費用が含まれないものとして賃料の額が合意されているとみるのが相当であって,敷引特約によって賃借人が上記補修費用を二重に負担するということはできない。また,上記補修費用に充てるために賃貸人が取得する金員を具体的な一定の額とすることは,通常損耗等の補修の要否やその費用の額をめぐる紛争を防止するといった観点から,あながち不合理なものとはいえず,敷引特約が信義則に反して賃借人の利益を一方的に害するものであると直ちにいうことはできない。」として,基本的には,本件のような敷引特約の合理性を認めています。
 しかし,前掲最高裁判例は,以下のように述べて,敷引金の額が敷引特約の趣旨からみて高額に過ぎる場合には,本件のような敷引特約も無効になる場合もあることを示しています。
「もっとも,消費者契約である賃貸借契約においては,賃借人は,通常,自らが賃借する物件に生ずる通常損耗等の補修費用の額については十分な情報を有していない上,賃貸人との交渉によって敷引特約を排除することも困難であることからすると,敷引金の額が敷引特約の趣旨からみて高額に過ぎる場合には,賃貸人と賃借人との間に存する情報の質及び量並びに交渉力の格差を背景に,賃借人が一方的に不利益な負担を余儀なくされたものとみるべき場合が多いといえる。そうすると,消費者契約である居住用建物の賃貸借契約に付された敷引特約は,当該建物に生ずる通常損耗等の補修費用として通常想定される額,賃料の額,礼金等他の一時金の授受の有無及びその額等に照らし,敷引金の額が高額に過ぎると評価すべきものである場合には,当該賃料が近傍同種の建物の賃料相場に比して大幅に低額であるなど特段の事情のない限り,信義則に反して消費者である賃借人の利益を一方的に害するものであって,消費者契約法10条により無効となると解するのが相当である。」
4 そして,前掲最高裁判例は,以下のような具体的な事情に鑑みて,当該敷引金の金額が不当に高額ではないとして、当該敷引特約を有効とする結論を導いています。
「これを本件についてみると,本件特約は,契約締結から明渡しまでの経過年数に応じて18万円ないし34万円を本件保証金から控除するというものであって,本件敷引金の額が,契約の経過年数や本件建物の場所,専有面積等に照らし,本件建物に生ずる通常損耗等の補修費用として通常想定される額を大きく超えるものとまではいえない。また,本件契約における賃料は月額9万6000円であって,本件敷引金の額は,上記経過年数に応じて上記金額の2倍弱ないし3.5倍強にとどまっていることに加えて,上告人は,本件契約が更新される場合に1か月分の賃料相当額の更新料の支払義務を負うほかには,礼金等他の一時金を支払う義務を負っていない。
 そうすると,本件敷引金の額が高額に過ぎると評価することはできず,本件特約が消費者契約法10条により無効であるということはできない」
5 このように,本件のような敷金引き特約は,通常損耗に関する原状回復費用として不当に高額に過ぎるものでなければ,消費者契約10条に違反するものではありません。
しかし,前掲最高裁判決が考慮した前記のような事情,すなわち,①通常損耗の補修費用として通常想定される金額との比較,②月額賃料と敷引金の比較,③更新料,礼金の支払額との比較などの諸事情に照らして,敷引金の金額が不当に高額に過ぎると判断されれば,消費者契約法10条に違反するとして,無効になる場合もありますので,注意が必要です。                            (以上)<質問> 
建物の賃貸借契約において,建物退去時の居室の通常損耗に関する原状回復費用を,敷金から定額で控除する方法で,賃借人に負担させる特約は有効でしょうか。 

投稿者: 弁護士 秋山亘

2018.02.13更新

期間の定めのない使用貸借の終了時期

 

<質問>

 私の父は、ある親戚の人に特に返還時期を定めることなく、無償で土地を貸して、建物を建てることを承諾しておりました。

 その後、その土地を私が相続して私の所有になったのですが、いつになったら土地を返してくれと言えるのでしょうか。

<回答>

第1 問題の所在

 期間を特に定めることなく、無償で、土地などが貸借されている、いわゆる「期間の定めのない使用貸借」は、

① 使用貸借契約に定めた目的にしたがった使用収益が終わったとき

(民法597条2項本文)、

または、

② それ以前でも、使用収益をするのに足りる期間が経過し、かつ、貸

主が返還を請求したとき(同項但書)

のいずれかの時点で終了します。このように、法文上の終了時期は明らかなのですが、実際に終了時期を判断するのはなかなか難しいのが裁判実務のようです。使用貸借は、親子間、兄弟間のような特別な人間関係にある者の間に、「暗黙のうち」に成立したと見るべき場合が多く、経緯、原因等貸借の実態を把握するのが困難という事例が少なくないからです。

第2 学説・判例の傾向

1 民法597条2項の「契約にさだめた目的」というものを、土地使用貸

借における「建物所有の目的」、または、建物使用貸借における「居住の目的」というような一般的抽象的なもので足りるとすると、返還時期の定めがない場合、借り主がその目的にしたがい使用収益を継続している限り、貸主はいつまでも返還請求できないことになります。しかし、これでは、無償の契約である使用貸借の借主が、有償の契約である賃貸借の借主よりも手厚く保護されることになり、非常に不公平な結果となります。

  そこで、学説には、「建物所有の目的」や「居住の目的」という様な一

般的抽象的なものではなく、「使用貸借契約成立当時における当事者の意思」から推測される個別具体的な目的として制限的に解釈しようとするものもあるようです。

2 この点に関する、最高裁判所の幾つかの判例を見てみましょう。

最高裁昭和34年8月18日判決

(Yが所有家屋の焼失により住居に窮し、Xから建物を「他に適当な家屋に移るまでの暫くの間」住居として使用するため、無償で借り受けた事案で)

「本件使用貸借については、返還の時期の定めはないけれども、使用、収益の目的が定められていると解すべきである。そして、その目的は、当事者の意思解釈上、適当な家屋を見つけるまでの一時的住居として使用収益するということであると認められる」

と判断しました。

最高裁昭和42年11月24日判決

「父母を貸主とし、子を借主として、成立した返還時期の定めのない土地の使用貸借であって、使用の目的は、建物を所有して経営をなし、併せて、右経営から生ずる利益により老父母を扶養する等の内容の物である場合において、借主は、さしたる理由もなく老父母に対する扶養をやめ、兄弟とも往来を断ち、使用貸借当事者間における信頼関係は地を払うに至った等の事実関係があるときは、民法第597条2項但書を類推適用して、貸主は借主に対し使用貸借を解約できる」

と判断しました。

最高裁昭和59年11月22日判決

(建物の使用貸借について返還の時期は定められていないが、目的について、借主及びその家族の長期間の居住としていたという事案で)

「借主が建物の使用を始めてから約32年4か月を経過したときは、特段の事情がない限り、右目的に従った使用収益をなすに足るべき期間は経過したものと認めるべきである」

と判断しました。

最高裁平成11年2月25日判決

最近の判例ですので、事案を少し詳しく説明しますと

① 昭和33年12月頃、X(法人)の代表取締役はAであり、A

の長男B及び次男Yは取締役であった

② 昭和33年12月頃、Aは本件土地上に本件建物を建築して、

Yに取得させ、本件土地を本件建物の敷地として無償で使用させ、XとYとの間で本件建物の所有を目的とする使用貸借契約が黙示に締結された。その後、A夫婦も本件建物でYと同居していた。しかし、Aは昭和47年に死亡した。

③ Aの死後、Xの経営をめぐり、BとYとの間で争いとなったが、

Xの営業実務はBが担当し、平成4年以降、Yは取締役の地位を失った

④ 本件建物は朽廃に至っていない

⑤ Bは、X所有地のうち本件土地に隣接する部分に自宅及びマン

ションを建築しているが、Yには本件建物以外に居住すべきところがない

⑥ Xには、本件土地の使用を必要とする特別の事情がない

という事例でした。

一審及び二審は、④から⑥の事情を理由に、「本件使用貸借は、いま

だ民法代597条2項但書の使用収益するのに足りるべき期間を経過したものとはいえない」と判断しました。

これに対し、最高裁は、

「土地の使用貸借において、民法第597条2項但し書の使用収益をするのに足りるべき期間が経過したかどうかは、経過した年月、土地が無償で貸借されるに至った特殊な事情、その後の当事者間の人的なつながり、土地使用の目的、方法、程度、貸主の土地使用を必要とする緊要度など双方の諸事情を比較考慮して判断すべきである」

として、これらの事情につき、二審の裁判所に、再度審理するように事件を差し戻しました。

 以上の一連の判例から言えるのは、裁判所は、使用貸借契約の成立の前後をとわず、使用貸借契約にかかわるあらゆる事情を考慮して判断するということです。契約成立後経過した期間の長短や、借主側に他に居住すべきところがないというような比較的はっきりとした事情だけではなく、諸々の事情が考慮されますので、使用貸借契約が保護されるのかどうか、判断するのは、非常に難しいと思われます。

契約書できちんと期限を定めておくことが必要でしょう。

投稿者: 弁護士 秋山亘

2018.02.05更新

借地借家の法律問題と少額訴訟制度

 

(質問)

 簡易迅速な裁判の方法として少額訴訟制度というものがあると聞いたのですが、少額訴訟制度とはどのような裁判手続きなのですか。

 賃貸人に預けた敷金が返ってこない場合や賃借人に滞納家賃の請求をしたい場合にも、少額訴訟は利用できるのでしょうか。

(回答)

1 少額訴訟制度の概要

 少額訴訟とは、原則として1回の期日で審理を終え、直ちに判決の言渡しがなされるという簡易・迅速な裁判手続きの一種です。

 従って、逆に、争点が多い事件、立証が難しい事件、複雑な事件を審理するのに少額訴訟は向いておりません。

 少額訴訟に適した事件は、契約書等の証拠書類が揃っている貸金返還請求訴訟、滞納家賃の支払請求訴訟、敷金返還請求訴訟等であるといえます(なお、上記敷金返還請求訴訟で原状回復費用の控除が問題となっている場合には退去時の部屋の写真等も基礎資料として必要となってくるでしょう)。

2 少額訴訟制度の手続・要件

(1)少額訴訟における請求金額は金60万円以下でなければなりません。なお、ここにいう請求額とは遅延損害金を含まない元本金額を言います。

(2) 当事者は、原則として、第1回の期日までにすべての主張や証拠を裁判所に提出しなければなりません。また、証拠調べは、期日にすぐに取り調べることのできる証拠に限ってすることができます。

従って、当事者は、裁判期日までにきちんと契約書や領収書などの証拠書類や証人などの準備を整えていなければなりません。

(3) 被告が少額訴訟での裁判に同意しない場合には、通常訴訟に移行します。また、被告が判決に異議を申立てたときも通常訴訟に移行します。また、裁判所は、被告の支払能力・資力等を考慮して、一括払いではなく分割払いの支払を命ずる判決を言い渡すことができますが、原告は、これに対する異議は申立てられません。

(4) 少額訴訟の訴訟費用についてですが、訴状に貼る若干の印紙代(例えば請求額30万円の訴訟でも3,000円)と若干の郵便金手代がかかるのみですので、訴訟の提起自体は、低額の費用ですることが可能です。

3少額訴訟に必要な準備

(1)少額訴訟といっても、訴状の提出や証拠書類の収集・提出は、当事者本人の責任で行う必要があります。それも、原則1回の審理で終る裁判期日までに全ての証拠書類を整理して提出しなければなりませんので、周到な準備が必要なことは言うまでもありません。

(2)例えば、賃貸人が賃借人に対し滞納家賃30万円の支払を求めて訴訟を提起する場合には、①賃料が月額何円であったか、②賃料の支払日は毎月いつになっていたか、③賃借人は何月分から何月分までの家賃を滞納しているのかを特定して主張しなければなりません。

また、証拠書類としては、①②を立証するために賃貸借契約書が必要です。

(2) 敷金返還請求訴訟では、賃借人の原状回義務がどこまでかが争点になります。

しかし、判例は、原則として、賃借人の故意・過失による損耗に限り、賃借人の原状回復義務を認めています。

従って、上記のような賃借人の故意・過失による建物の損耗であることは、基本的には被告である賃貸人側が証拠を揃えて立証する必要があります。

具体的には、入居時の写真、退去時の写真、原状回復費用の明細が書かれた見積書などが証拠になるでしょう。 

(3) 訴状の書き方や提出が必要な証拠書類などについては、簡易裁判所の書記官が指導してくれますので、事前に簡易裁判所に赴き相談すると良いでしょう。

また、貸金返還請求訴訟や滞納家賃の支払請求訴訟、敷金の返還請求訴訟などいくつかの定型的な訴訟の場合には、訴状の定型書式が簡易裁判所に置いてありますのでこれを利用すると良いでしょう。

 もっとも、裁判所書記官は、公正な第三者的な立場での指導にとどまりますので、訴訟に勝つための実践的な方策の相談については、弁護士に相談されるのがいいでしょう。

投稿者: 弁護士 秋山亘

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