弁護士 秋山亘のコラム

2018.02.05更新

借地借家の法律問題と少額訴訟制度

 

(質問)

 簡易迅速な裁判の方法として少額訴訟制度というものがあると聞いたのですが、少額訴訟制度とはどのような裁判手続きなのですか。

 賃貸人に預けた敷金が返ってこない場合や賃借人に滞納家賃の請求をしたい場合にも、少額訴訟は利用できるのでしょうか。

(回答)

1 少額訴訟制度の概要

 少額訴訟とは、原則として1回の期日で審理を終え、直ちに判決の言渡しがなされるという簡易・迅速な裁判手続きの一種です。

 従って、逆に、争点が多い事件、立証が難しい事件、複雑な事件を審理するのに少額訴訟は向いておりません。

 少額訴訟に適した事件は、契約書等の証拠書類が揃っている貸金返還請求訴訟、滞納家賃の支払請求訴訟、敷金返還請求訴訟等であるといえます(なお、上記敷金返還請求訴訟で原状回復費用の控除が問題となっている場合には退去時の部屋の写真等も基礎資料として必要となってくるでしょう)。

2 少額訴訟制度の手続・要件

(1)少額訴訟における請求金額は金60万円以下でなければなりません。なお、ここにいう請求額とは遅延損害金を含まない元本金額を言います。

(2) 当事者は、原則として、第1回の期日までにすべての主張や証拠を裁判所に提出しなければなりません。また、証拠調べは、期日にすぐに取り調べることのできる証拠に限ってすることができます。

従って、当事者は、裁判期日までにきちんと契約書や領収書などの証拠書類や証人などの準備を整えていなければなりません。

(3) 被告が少額訴訟での裁判に同意しない場合には、通常訴訟に移行します。また、被告が判決に異議を申立てたときも通常訴訟に移行します。また、裁判所は、被告の支払能力・資力等を考慮して、一括払いではなく分割払いの支払を命ずる判決を言い渡すことができますが、原告は、これに対する異議は申立てられません。

(4) 少額訴訟の訴訟費用についてですが、訴状に貼る若干の印紙代(例えば請求額30万円の訴訟でも3,000円)と若干の郵便金手代がかかるのみですので、訴訟の提起自体は、低額の費用ですることが可能です。

3少額訴訟に必要な準備

(1)少額訴訟といっても、訴状の提出や証拠書類の収集・提出は、当事者本人の責任で行う必要があります。それも、原則1回の審理で終る裁判期日までに全ての証拠書類を整理して提出しなければなりませんので、周到な準備が必要なことは言うまでもありません。

(2)例えば、賃貸人が賃借人に対し滞納家賃30万円の支払を求めて訴訟を提起する場合には、①賃料が月額何円であったか、②賃料の支払日は毎月いつになっていたか、③賃借人は何月分から何月分までの家賃を滞納しているのかを特定して主張しなければなりません。

また、証拠書類としては、①②を立証するために賃貸借契約書が必要です。

(2) 敷金返還請求訴訟では、賃借人の原状回義務がどこまでかが争点になります。

しかし、判例は、原則として、賃借人の故意・過失による損耗に限り、賃借人の原状回復義務を認めています。

従って、上記のような賃借人の故意・過失による建物の損耗であることは、基本的には被告である賃貸人側が証拠を揃えて立証する必要があります。

具体的には、入居時の写真、退去時の写真、原状回復費用の明細が書かれた見積書などが証拠になるでしょう。 

(3) 訴状の書き方や提出が必要な証拠書類などについては、簡易裁判所の書記官が指導してくれますので、事前に簡易裁判所に赴き相談すると良いでしょう。

また、貸金返還請求訴訟や滞納家賃の支払請求訴訟、敷金の返還請求訴訟などいくつかの定型的な訴訟の場合には、訴状の定型書式が簡易裁判所に置いてありますのでこれを利用すると良いでしょう。

 もっとも、裁判所書記官は、公正な第三者的な立場での指導にとどまりますので、訴訟に勝つための実践的な方策の相談については、弁護士に相談されるのがいいでしょう。

投稿者: 弁護士 秋山亘

2018.01.29更新

更新料の有効・無効を巡る裁判例の動向

 

<質問>

 大阪では、更新料を有効とする高裁判決と無効とする高裁判決とで裁判例が別れていると聞いています。

 この二つの判決はどのような理由で判断が分かれたのでしょうか。

<回答>

(1) 平成21年8月27日大阪高裁判決は、更新料の定めは消費者契約法に違反し無効との判決を下しました。

これに対し、平成21年10月29日大阪高等裁判所判決は、更新料の定めは消費者契約法に違反せず有効との判決を下しました。

なお、この二つの判決は大阪高裁の異なる民事部で審理されましたが、重要な論点ですので、裁判所内部では事実上協議がなされているものと思われます。

この二つの判決の事案の概要は以下の通りです。

①平成21年8月27日大阪高裁判決

家賃:月額4万5000円

礼金:6万円

   更新料:10万円

契約期間:1年間

   過去5回支払った更新料の返還請求

②平成21年10月29日大阪高裁判決

家賃:月額5万2000円

礼金:20万円

更新料:家賃2ヶ月分

契約期間:2年

過去に支払った5ヶ月分の更新料の返還請求

 更新料の定めを無効とした平成21年8月27日大阪高裁判決は、更新料の法的性格として①賃貸人による更新拒絶権放棄の対価、②賃借権強化の対価、③賃料の補充という複合的性質を持つという賃貸人側の主張を否定し、1年という契約期間満了の度に10万円という高額の更新料の支払い義務を定める契約条項に合理性はないとして、消費者契約法違反を認めました。
 これに対し、更新料の定めを有効とした平成21年10月29日大阪高裁判決は、更新料の法的性格について、更新料は更新によって当初の契約期間よりも長期の賃借権となったことに基づく、賃借権設定の対価の追加分乃至補強分であると判示し、本件においては、契約期間を2年間、更新料を賃料の2ヶ月分(10万4000円)とされており、契約時の礼金(20万円)よりも金額的に抑えられているなど適正な額に止まっていることから、信義則に反する程度まで消費者に一方的な不利益を課すものではないと判示して、消費者契約法に違反せず有効と判断しました。

(4)  二つの大阪高裁の事案を比較すると分かると思うのですが、大阪高裁は、更新料を一律に有効・無効とするのではなく、事案に応じて判断を分けているのが分かると思います。

   すなわち、無効とした平成21年8月27日の事案では契約期間が1年と短く更新料を支払う頻度が多いのに、更新料の金額は10万円と契約時に賃借権設定の対価として支払う礼金の6万円に比べて高い金額を要求しております。このような定めでは、更新契約を結ぶことによって追加の契約期間を確保するという更新料の法的性格(賃借権の設定の対価)を合理的に説明することは困難かもしれません。

   これに対して、有効とした平成21年10月29日の事案では契約期間は2年であり、更新料の金額(10万4000円)も契約時の礼金(20万円)の範囲内に収まっておりますので、賃借権設定の対価(契約期間延長の対価)としての法的性格を合理的に説明できるように思えます。また、2年毎の更新料ですので、賃借人にとっても負担が少なく、信義則に反して消費者に一方的な不利益を課すものではないと言えます。

(5)  いずれの事案も最高裁に対し上告されているようですので、最高裁の判断が待たれるところですが、少なくとも、大阪高裁の判決は更新料を一律に無効にしたものではなく、更新料の負担が合理的範囲内に抑えられている場合には有効との判断を示しているというのが現時点における大阪高裁判決に関する正しい理解であるように思えます。

   そして、東京における賃貸の事案は、多くの賃貸借の事例で契約期間が2年間であり、更新料の金額も家賃の1ヶ月分程度であり、礼金と同等か若しくはこれよりも低い金額であることに鑑みれば、平成21年10月29日大阪高裁判決の事案と同様、消費者契約法に違反するものではなく有効と判断されるものと考えられます。

(6)  なお、消費者契約法は、事業者と非事業者との契約に適用がある法律ですので、事業者が賃借人の事案では、そもそも消費者契約法が適用されるものではなく、更新料の定めは有効となります。

投稿者: 弁護士 秋山亘

2018.01.22更新

借地・借家権譲渡の方法

 

(質問)①私は借地上に建物を建てて住んでいるのですが、このたび借地上の建物を処分したいと思うのですが、地主が承諾しそうにもありません。何とかなりませんか。
②建物を借りて飲食店を経営しているものですが、経営が思わしくないので、店舗を借家権付で売ろうと考えています。大家が承諾しそうにないとき、どうしたよいでしょう。
(答え)借地権を譲渡したり、転貸するには、事前に地主の承諾を得なければなりません。なぜなら、借地権を無断で譲渡・転貸することによって、地主との信頼関係を破壊したと判断された場合には、賃貸借契約を解除されてしまうからです。なお、借地上の建物を譲渡すると借地権も譲渡したものとみなされますので、この場合も地主の承諾が必要です。
 このように、借地権の譲渡を考えている場合には事前に地主の承諾を得なくてはならないのですが、①借地権者が借地上の建物を第三者に譲渡しようとする場合で、②第三者が借地権を取得しても地主に不利となるおそれがないにもかかわらず地主が承諾しないときは、借地権者は裁判所に承諾に代わる許可の裁判を求めることができます(借地借家法19条)。
 譲り受ける人が資力に問題があって地代を支払えない人や暴力団員などであれば、地主に不利となるおそれがある場合と言えるでしょうが、そのような事情のない場合、裁判所の借地非訟事件手続によって許可を得ることが可能です。借地非訟事件の手続は、借地の所在地を管轄する地方裁判所または簡易裁判所(合意のある場合)に書面をもって申し立てます。裁判所は、鑑定委員に鑑定意見を提出させるなどの審理をし、許可を与えるかどうかを判断します。その際、譲渡する借地人に財産上の給付(いわゆる名義書換料の支払)を命じることがあります。この名義書換料の相場ですが、借地権価格(場所により異なるが土地の時価の7割前後が目安)の10パーセント前後となっています。
 この他に、地主から当該借地(これを「底地」と言います。)を買い取ってしまうという手段も考えられます(底地買取価格=土地時価-借地権価格)。これには、地主と土地の売買契約を結ばなければならないので、地主が合意しなければできません。しかし、前記の借地非訟手続きでは少なからず地主と対立してしまいますので、今後の地主との煩わしい関係(地代の値上げ問題や更新時の更新拒絶の問題)を清算したいと言う場合には、借地非訟手続きよりむしろこの手段がお勧めです。また、借地非訟手続きでは、地主から借地権及び建物を買い取ることを請求されるリスクがあります(買取価格=借地権価格+建物価格-前記名義書換料)。これは「介入権」といい、この介入権を行使されると、借地人はこれを拒むことができないのです。  
 以上が借地の場合ですが、借家の場合には、承諾に代わる許可の裁判という制度はありません。従って、飲食店店舗を居抜きして売ろうという場合は原則として貸主の承諾を得なければなりません。但し、借家権を無断で譲渡しても、貸主との信頼関係を破壊していないと判断される場合には貸主の契約解除は無効となります。しかし、借家の場合、建物の使い方が人によって異なるなど借主の個性が大切ですから、無断で譲渡した以上は信頼関係を破壊していると判断されてしまう恐れが高いでしょう。

投稿者: 弁護士 秋山亘

2018.01.15更新

私道の通行妨害に関する法律相談

       

<質問> 

 ある土地を購入して、駐車場経営をしようと考えております。しかし、その土地は、公道には面しておらず、第三者が所有する建築基準法42条2項のみなし道路に指定されている私道にしか通じていません。そこで、この私道の所有者に「上記の土地を購入して駐車場を作りたい」旨の挨拶に行ったところ、「私道なので車の通行は許さない」と言われてしまいました。

私としては、私道であっても道路である以上、車の通行を許さないなどという理屈は通用しないと思います。現にその私道には近隣住宅の所有者の自動車が通行しております。

 上記の土地を購入して駐車場を作っても問題はないでしょうか。

<回答>

 結論から申し上げますと本件のような場合には、私道の所有者から通行権(通行地役権等)を設定してもらい、当該私道部分における駐車場の車の通行を認めてもらった上でなければ、購入は中止した方がよいと考えられます。

 といいますのは、私道の所有者等による私道の通行妨害があった場合に、そのような通行妨害を禁止するよう請求するための要件として、最判平成5年11月26日(判時1502号89頁)、最判平成9年12月18日(民集51巻10号4241頁)、最判平成12年1月27日(判時1703号131頁)は、①当該私道が建築基準法上の私道であること、②通路が現実に開設されていること、③通行が日常生活上不可欠であること、④私道所有者が通行を受忍することによって通行者の通行利益を上回る著しい損害を被るなどの特段の事情がないこと、という4つの要件を全て満たす必要があるとしています。

 上記要件の中で特に注意が必要なのが、③の「通行が日常生活上不可欠であること」という要件です。

本件のような場合には、駐車場を建設して、駐車場収入を得るといういわば「営利的な目的」による私道の通行ですので、このような場合には私道の通行が「日常生活上不可欠」とは言えないと判断されます。

前掲最判平成12年1月27日も上記のような理由で、私道に対する通行妨害の排除の請求を棄却しております。最高裁判決のいう「日常生活上の不可欠の利益」とは、私道だけに通じる土地に自宅を所有する者が生活のためにやむを得ず通行する利益のことですので、商業上の利益は含まれないことになります。

なお、自宅の駐車場に止めてある車を通行させることに関してはどうかという点ですが、例えば、高齢や障害のため車での外出が不可欠などの事情があれば、「日常生活上の不可欠の利益」と言えると思います。しかし、単に自宅に車の駐車場があると便利であるという理由だけで「日常生活上の不可欠の利益」があると言えるかについてはかなり微妙な問題があります。

 最高裁が上記③の要件を設けたことに関しては、私道上には構築物を設置することを禁止する行政上の規制違反を結果的に容認することになるなどの学説上の批判があるところですが、平成12年の最高裁判決ですので、上記③の要件は今後も当分の間は維持されると考えられます。

 したがって、私道の所有者の意向を無視して駐車場を建設しても、私道の所有者が私道上にポールを設置するなどして通行を妨害した場合には、そのような通行妨害の禁止を求めることはできないと考えられますので、私道所有者との間で通行権の設定に関する合意が成立しない場合には、土地の購入は中止しておいた方がよいと考えられます。

投稿者: 弁護士 秋山亘

2018.01.09更新

定期借家権をご存知ですか?


               
(質問)
(1)私は、都内にマンションを一室所有しているのですが、そのマンションを貸し出したいと考えています。しかし、建物を一旦貸すと借家人の権利が強くて、なかなか返してもらえないと聞いています。3年後には、息子も大学を卒業し、卒業後は独立してコンピューター関連の商売を始めたいと希望しておりますので、3年後にはこのマンションを息子の事務所として使わせようかと考えております。その為、貸し出して良いものか迷っています。何かよい方法はないでしょうか?
(2)私は、定期借家契約で事業用店舗を借りる予定なのですが、注意するべき点は、何かありますか?
(回答)
1 (1)の回答
 平成11年12月、借地借家法が一部改正され(平成12年3月1日施行)、新たに「定期借家権」という制度が創設されました。
 従来は、建物を期限を定めて賃貸しても、家主は、借地借家法上の「正当事由」(建物の自己利用の必要性等)がないと更新拒絶ができないとされ、また、その「正当事由」も裁判上は簡単には認められず、仮に認められても多くのケースでは立退料の支払が必要であるなど、賃借人が使用継続を希望する場合に家主が建物の返還を求めるには、大変な苦労を要する場合が多くありました。
 今回の改正法では、約定の期間の経過とともに、無条件で建物の返還を求めることができる「定期借家権」という制度が創設されました。 本件でも、賃貸期間3年の定期借家契約によって、建物を賃貸すればよいでしょう。
 但し、法は、借家人保護の為、家主に対し、下記の手続きをきちんと踏むことを要請しています(これを一部でも怠ると更新可能な通常の借家契約になりますので注意が必要です)。
 <法定手続き>
  ① 書面によって契約をかわすこと。この契約書には、「期間の満了とともに契約が終了し、更新をしないこと」を明記する必要があります。
  ② 定期借家権の内容について書面を交付して説明すること
  ③ 定期借家契約の終了時に通知をすること。貸主は、期間満了の6ヶ月前から1年前の間に、改めて「契約終了の通知」を借家人に対して出しておかなければなりません。万一、この通知を忘れた場合は、通知を出したときから6ヶ月経過後が契約終了時になります。
2 (2)の回答
  借家人は、期間の経過によって、無条件で建物を出なればなりません。
 この他に、定期借家契約では、途中解約権の制限にも注意しなければなりません。
 すなわち、定期借家契約では、家主からも借主からも中途解約権を原則として認めていません。従って、中途解約ができない以上、残存期間の賃料については、建物を使用しても使用しなくても支払わなければなりません。
 もっとも、法は借主保護の観点から、「床面積が200平方メートル未満の居住用建物の借家契約」において、「転勤・療養・親族の介護そのたやむを得ない理由があって、借主が生活の本拠として使用することが困難となった場合」には、借主からの中途解約権を認めています。
 ただ、本件のような事業用の借家契約の場合にはこのような例外規定もありません。中途解約権を留保しておきたい場合には、契約書にその旨明記しておかなければなりません。

投稿者: 弁護士 秋山亘

2017.12.25更新

不動産売買における契約成立時期

 

(質問)

① 不動産売買に際して、話がまとまり買付証明書と売渡承諾書を交わしました。しかし、突然買主から「契約書調印はできなくなった。契約は白紙撤回する。」と言われてしましました。このような場合、当時者間の基本的合意はできているわけですから、契約成立を主張して買主に代金の請求ができないのでしょうか。

② ①の場合、逆に売主から、突然、「他に売りたいので契約調印はできなくなった」といわれ売買契約の締結を拒否されてしましました。私は、契約調印日を直前に控え売買代金も調達し、また、購入物件で歯科医開業をしようとしていたので開業準備のための機材を購入したりしておりました。このことは、売主にもだいぶ前から話しております。この場合、何とか損害賠償を請求できないでしょうか。

 

(回答)

① 契約の履行請求の可否について

 日本の民法では、契約書を交わすことを契約成立の要件とはしていません。従って、裁判での立証の話は別にすれば、単なる口約束でも契約は成立しているのが原則です。売買の場合、売り主の「○○円で○○を売ります」という意思表示と、「買います」という意思表示が為されていれば売買契約は成立したことになります。

 この原則に従えば、①のような場合にも、契約は成立しているように思えます。   

(2) しかし、不動産のような高額の物件を売買する場合には、裁判例も、契約成立を認定するには慎重な態度を示しており、買付証明書と売渡承諾書を取り交わした段階では、契約の成立を認めておりません。

 不動産取引における「慣行」を重視して、契約書への調印が為される時までは契約成立に向けた「確定的な意思は有していなかった」などとして、契約の成立を否定しております。

(3) このような裁判例に照らせば、①の事例でも、「契約の成立」までは認められていないわけですから、代金の請求まではできないことになります。

②損害賠償請求の可否

 では、契約の履行請求はできないとして、②のような場合、不誠実な相手方に対して何らかの損害賠償請求をできないのでしょうか。

このような場合、損害賠償の請求はできるものと思われます。

裁判例は、契約締結に至らなくとも、契約交渉に入り、交渉が進んで基本的な合意に至った段階には、その契約交渉の成熟度に応じて、契約の相手方には、信義則上の「配慮義務」「説明義務」「誠実交渉義務」などが生ずるとしています。

「配慮義務」とは、相手方の人格・財産に損害が生じないよう配慮する義務、「説明義務」とは、契約締結に関して相手方に不都合な事由がある場合にはこれを積極的に開示し説明する義務、「誠実交渉義務」とは、従前の交渉経緯を踏まえて契約の成立に努めるべき義務のことです。

これらの義務に反した場合、不法行為による損害賠償の請求ができます。

本件では、売り主が資金調達や開業準備を進めていることを知っていながら、突然、売主に対し売却を拒絶したわけですから、誠実交渉義務や配慮義務に反しているといえます。

従って、買主は、売主に対し、調達資金の利息分や開業準備費の一部について損害賠償の請求ができます。

投稿者: 弁護士 秋山亘

2017.12.18更新

平成17年最高裁判例と退去時の修繕費負担特約

 

<質問>

私は、大家さんから家を賃借し、敷金として35万円を交付していましたが、賃貸借契約の終了により、借りていた家を出て、大家さんに対して敷金の返還を求めました。

しかし、大家さんは、退去時の原状回復義務に関して、賃貸借契約書では「生活することによる変色・汚損・破損」に対する修繕・補修費が賃借人の負担する旨の条項があるとして、敷金から家の補修費用として30万円を差し引いた5万円しか返還してくれませんでした。

大家さんは、通常の使用に伴う損耗についての補修費用まで敷金から差し引いているようですが、そこまで賃借人である私が負担しなければならないなんて納得できません。残りの30万円も返還してもらうことはできないでしょうか。

 

<回答>

1 敷金 

 不動産賃貸借成立の際には、通常、敷金と呼ばれる金銭の授受が行われます。

その目的は、借家契約の期間が満了して賃貸借契約が終了する時に、支払の滞っている賃料債務や建物に関する損害賠償債務を担保することにあり、延滞賃料や損害賠償額を控除して、残額は借家人に返還されます。

2 原状回復

賃貸借契約が終了し、借りた家を貸主に返す場合、借主は、借りた家を原状回復して返す必要があります(民法616条、598条)。

もっとも、ここでいう「原状回復」とは、借りた時の状態と同じに戻さなければならないという意味ではありません。借りた借家が、通常の用法で使用していればそうなるであろう状態であれば、「原状」にあたります。借家契約は、その借家を利用することが契約の本質的な内容ですから、通常の使用に伴う消耗は当然に予定されていることであり、損耗以前の状態にまで回復させることは民法は予定していないのです。

借りた家が通常の用法で使用していればそうなるであろう状態以上に痛んでいた場合には、借主は、借りた家を通常の用法で使用していればそうなるであろう状態に原状回復しなければなりませんが、その場合、通常は、補修費用を敷金から差し引くという形で清算されます。

本件では、通常の使用に伴う消耗についての補修費用まで敷金から差し引かれているということですが、上述したように、そのような補修費用は、本来、借主が負担すべき費用ではありません。そこで、原則として、借主は残りの30万円も返還してもらうことができます。

3 通常の使用に伴う消耗についての補修費用を賃借人に負担させる旨の特約の効力

 もっとも、賃貸借契約の際に、賃貸人と賃借人の間で、通常の使用に伴う消耗についての補修費用を賃借人に負担させる旨の特約がなされることがあります。

このような特約の効力については、有効であるか無効であるかという議論がなされてきましたが、最高裁は、平成17年の判決(平17.12.16第二小法廷判決・判例タイムズ1200号)において、一般的に特約を結ぶこと自体は民法90条の公序良俗違反に該当ぜず必ずしも無効とはならないとしつつ、特約に関する合意の成立要件を極めて厳格に解する立場をとることを明らかにし、結論としては、特約の成立を認めませんでした。

すなわち、最高裁は、このような特約は、賃借人に予期しない特別の負担を課すものであるから、賃借人がそのような特約の具体的な内容を明確に認識できるようなかたちで合意された場合のみ特約が成立するとしたのです。

 そこで、本件でも、上記のような特約がなされており、しかも、賃借人が補修費用を負担することになる通常消耗の範囲が、賃貸借契約書の条項自体に具体的に明記されているか、賃借人が口頭により説明し、賃借人がその旨を明確に認識し、それを合意の内容としたものと認められるなどのような場合には、右特約は有効と解されます。そして、その場合には、賃借人は特約に従って、通常の使用に伴う消耗についての補修費用も負担することになりますので、残りの30万円の返還を請求することはできないということになります。

4 もっとも、前記判例の事案は本件と同様の事案ですが、賃借人の負担とされている修繕・補修の範囲・場所について、賃貸借契約書の別表である修繕費負担表で、襖紙、障子紙について「汚損(手垢の汚れタバコの煤けなど生活することによる変色を含む)・汚れ」、各種床仕上材・各種壁・天井等仕上材については「生活することによる変色・汚損・破損」に対する修繕・補修費が賃借人の負担とする旨が定められておりました。

しかし、最高裁は、上記のような条項では「賃借人が補修費用を負担することになる通常消耗の範囲が、賃貸借契約書の条項自体に具体的に明記されているとはいえない」として、特約による賃借人の修繕費負担を認めませんでした。

上記の定めでは、「生活することによる変色・汚損」も賃借人負担とすることが書かれており、通常損耗についても賃借人が負担することが契約書でも書かれているように思われますが、最高裁は、上記のような書き方でも特約の成立を認めませんでした。

したがって、上記の最高裁の判断を踏まえると、修繕費負担の特約の成立が認められるためには、賃借人が退去するときに負担すべき修繕の範囲及び負担の程度が具体的に認識・予測できるほど一義的に明確にかつ具体的に契約書に明記されている必要があるということになります。すなわち、少なくても、契約書において、賃借人が負担することとなる通常損耗(通常の日常生活を送っていても生じる建物の傷み・汚損)の程度、通常損耗により補修すべき範囲、そして、賃借人が負担すべき修繕費の額若しくは計算方法などを明記した上、口頭でも十分説明をしておく必要があると思われます。

4 消費者契約法10条

 消費者契約法には、民法の規定の適用による場合に比べて消費者に不利な条項で、消費者の利益を一方的に害する契約は無効とする旨の規定があります(消費者契約法10条)。上記3で述べた特約は、民法の適用による場合よりも賃借人(消費者)に不利であるといえ、この規定によって無効になるのではないかという見解もあります。この点についての裁判所の判断はまだ明らかになっておらず、今後の動向が注目されています。

投稿者: 弁護士 秋山亘

2017.12.11更新

賃借人による敷金と家賃の相殺の可否

 

<質問>

 私は、店舗を借りて飲食店の営業をしている者ですが、賃貸借契約の際に、敷金として6ヶ月分を差し入れています。営業が不振なので、当面、敷金の一部を賃料の支払いに充てたいと考えております。家主に敷金と家賃の相殺を請求することは可能でしょうか。

 

<回答>

1 この論点は、賃借人が家主に預け入れた敷金の返還請求権の発生時期と関連する問題ですが、最高裁昭和48年2月2日判決(民集271・80)は、敷金返還請求権の発生時期について、建物の明け渡し時だと判示しています。

 これは、敷金の法的性質について、賃貸借契約の継続中の賃料だけでなく、賃貸借契約が解除等により終了した後の賃料相当損害金、また、建物の原状回復費用など明け渡し時までに賃借人が負担すべき一切の費用を担保するために預け入れられているものであることを理由とします。

 したがって、賃貸借契約の継続中においては、賃借人の家主に対する敷金返還請求権の弁済期が未だ発生しておりませんので、賃借人の方から家主に対し、敷金の一部と賃料との相殺を請求することは出来ません(大判大15年7月12日・民集5・616)。

 なお、上記の点は賃貸借契約書において相殺禁止の条項が入っていなくても同様です。

 もっとも、当然のことですが、家主が相殺を同意すれば相殺することも可能ですので、賃借人と家主の個別的な合意書を締結することによって相殺することは出来ます。

2 では、賃借人が家主に対し、一方的に敷金と家賃との相殺を通知した場合に、賃借人は、どのような不利益を被る事になるのでしょうか。

 前記の通り、建物明け渡し以前における家賃と敷金の相殺の主張は無効ですので、家主としては、賃料の不払いを理由に賃貸借契約の解除をすることができます。そして、賃料未払いの期間の長さや賃借人の対応に鑑みて、賃借人と賃貸人の信頼関係を破壊するとの事情が認められれば、契約解除は有効とされます。

 この点、最高裁昭和45年9月18日(判時612・57)も、敷金16万円、未払賃料20万円、賃料1ヶ月8万円と不動産賃貸借契約において、敷金と未払賃料を相殺すれば賃料の滞納は1ヶ月分にもならないという事案において、「賃貸借契約において敷金が差し入れられていたとしても、敷金の性質上、特段の事情がない限り、賃料延滞の場合、賃料延滞を理由として契約を解除することのできないものでないことは明らかで、したがって、右解除は適法であり、・・(中略)・・・、右解除が信義則に反し権利濫用であると認めることは出来ない。」と判示して、解除を有効と判示しております。

 したがって、賃借人としては敷金を預け入れている場合においても、一方的に敷金と賃料の相殺を通知することは、賃貸人から契約解除をされてしまう不利益を被ることが予想されます。

3 なお、建物の明け渡し後において、賃貸人に対する敷金返還請求権と未払賃料を相殺する(或いは敷金と未払賃料が当然に充当される)ことは可能です。

実際にも、賃借人としても賃貸借契約の解約を考えているが、賃貸人側に敷金の弁済能力がなく、預け入れている敷金が返還される見込みがないという事案では、解約申し入れの数ヶ月前から賃料の支払いを停止し、賃貸借契約の解約を申し入れて、建物の明け渡しを行った後に、敷金と未払賃料を相殺する(或いは当然に充当される)という方法で預け入れ敷金の回収を図るという方法が実務上行われております。

投稿者: 弁護士 秋山亘

2017.11.27更新

交通事故によってアップした差額保険料の請求の可否

 

<質問>
 私は、一時停止義務違反の車に側面を追突され、物損処理に関する示談交渉を保険会社に依頼しました。私自信の車両の損害は、私が加入している車両保険を使って修理したので、私としては負担なく事故処理が出来るものと思っていましたが、保険会社から車両保険を使ったので、来年度から保険料がアップすると言われました。
私としては、事故の原因は相手方にあると思っているので、この差額保険料についても相手方に請求したいと思っていますが、このような請求は可能でしょうか。

 

<回答>
1 この問題に関しては、あまり裁判例において取り上げられた事がないようですが、古い裁判例として、横浜地裁昭和48年7月16日(交民6・4・1168)は、1年分の差額保険料を認めたものがあります。
しかし、近時の裁判例として名古屋地裁平成9年1月29日(自保ジャーナル1201)は、差額保険料の請求を否定しており、また、交通事故の損害賠償基準として定評のある交通事故・損害賠償基準(赤い本)1999年版・218頁の村山裁判官の論考では、否定説を妥当としております。
 上記赤い本は、交通事故の損害賠償請求に関しては、実務上非常に影響力が強く、東京地裁においては基本的に赤い本に掲載されている基準によって運用されていることから、現在の実務としては否定説に立って運用されていると言ってよいでしょう。
2 それでは、なぜ否定説が有力とされているのでしょうか。
 確かに、交通事故の加害者は、事故に遭う前の原状に回復する義務があると考えられ、その意味ではアップした保険料についても賠償すべきようにも思えます。
 しかし、前記の名古屋地裁の判決では、①車両保険を使用するか否かは原告が自由に選択できること(車両保険を使用する・しないというのは、不法行為から直接発生する物損の回復とは直接関係がなく、自分が加入している保険契約を使用するかどうかという問題に過ぎないこと)、②加害者からの賠償金によって修理行われる以上、物損の被害としては既に回復していると考えられること(加害者としては、相手が車両保険に入っているかいないかによって、賠償額が違ってくるというのも公平でないと考えられます)などの理由により、請求を否定しております。
民法上、不法行為によって生じた損害の全ての賠償までが認められるのではなく、不法行為と「相当な因果関係」にあるものに限り、加害者に賠償義務が認められるとされております。ここで言う「相当因果関係」とは何かについて、学説上、難しい議論が展開されている分野ですのでこれ以上は踏み込みませんが、そもそも、保険という制度は、損害が発生した場合に備えて、自衛のために加入する制度ですので、保険料はそのために支払う経費に過ぎないと考えられます。
したがって、このような観点から、差額保険料については不法行為と「相当因果関係」がある損害とは言えないものと判断されたのだと思います。

投稿者: 弁護士 秋山亘

2017.11.13更新

修繕費・有益費は費償還請求できますか?

 

<質問>

1 私は賃貸マンション3階の一室を賃借しておりますが、ベランダの手すりが壊れていて危ないので大家さんに修理をお願いしました。ところが、大家さんの方では一向に直してくれる気配がないので、自分で10万円の費用をかけて手すりの補修工事を行いました。

修理にかかった10万円は大家さんに請求できるでしょうか。また、請求しても大家さんが支払ってくれない場合、修理費10万円と家賃月額12万円のうち10万円分とを相殺することは可能でしょうか。

  なお、賃貸借契約書には「必要費及び有益費は借家人の負担とする」という条項が入ってありました。

2 一軒家を借りていたのですがこの度引っ越すことになりました。5年前にこの近辺の下水道の完備に伴いトイレを汲み取り式から水洗式に改造しましたが、その際に私が支出した改造費18万円を大家さんに請求できるのでしょうか。

 また、上記の事例で、賃貸借契約書に「必要費・有益費は賃借人の負担とする」という条項がある場合はどうでしょうか。

 

<回答>

1 必要費償還請求権

  賃貸借契約中に生じた必要費は賃貸人の負担であり、その費用を賃借人が負担したときには、直ちに賃貸人に請求できます(民法608条1項)。

 必要費とは、建物の原状を維持保存し又は賃借人が約定の目的に従った使用収益をするために必要な費用のことで、ベランダ手すりの修理費などもこれにあたります。

 そして、賃借人が必要費を負担した場合は、直ちに賃貸人にこれを請求できます。

 また、賃貸人が必要費を支払わない場合には、賃借人は家賃支払義務と相殺することもできます。

 もっとも、本件では賃貸借契約上「必要費・有益費は賃借人の負担とする」との条項があるため、本件でもこの特約条項の適用があるかが問題となります。

 この点、従来から判例・通説は、修繕費をその規模・程度及び費用の面から大修繕と小修繕に分け、小修繕については特約により賃借人負担とすることを認めるが、大修繕については特約によっても賃借人負担とすることはできないとしてきました(なお、「消費者保護契約法」の適用のある事業者・個人間の賃貸借契約については小修繕についても賃借人負担とする特約は無効になる可能性があります)。

 本件でも、ベランダは建物の主要な構造部分であり、その費用も家賃8万円のマンションに対して10万円もかかっておりますから、ベランダの修理費は小修繕の範囲を超えるもので大修繕にあたります。

 よって、本件のような特約がある場合にも賃借人は大家さんに修繕費10万円を請求できます。

2 有益費償還請求権

賃借人が建物価値の客観的に高めるための費用(有益費)を支出した場合、賃借人は賃貸人に対し賃貸借契約終了時にその費用を請求できます(民法608条2項)。

有益費とは建物の価値を客観的に高めるために支出した費用ですので、賃借人の好みによって価値が高まるか否か異なるようなものは「客観的」に価値を高めるものではないので有益費とは認められません。

また、賃貸借契約終了時に発生するものですので、賃貸借契約継続中は賃貸人には請求できません。

なお、有益費と似た概念としては借地借家法の「造作」があります。双方とも建物に付帯して建物利用の価値を高める点では共通してますが、造作とは、畳・建具・水道設備・空調設備・調理台など建物から取り外すことができる独立した物)であって、賃借人の所有物の対象になるものです(いわば、他の建物に移転しても使用可能な建物の付属設備)。これに対し、有益費は、張り替えた外壁のタイル、張り替えた床板など建物と一体化してしまい独立した所有物の対象にはならないものです。

本件のようなトイレの汲み取り式から水洗式への改造は建物価値を客観的に高めるもので、かつ、建物と一体化したものですので、有益費に該当します。

そして、有益費に当たる場合、家主は当該有益費のうち現存価値について償還義務があります。

なお、現存価値の算定については、税務上の減価償却後の価値を参考に算定することになります。

よって、家主は、賃貸借契約終了時にトイレの改造費18万円のうち現存価値分について償還義務があります。

では、「賃貸借契約書に必要費・有益費は賃借人の負担とする」という条項がある場合はどうでしょうか。

この点、裁判例(東京地裁昭和46年12月23日・東京地裁昭和61年11月18日等)は、本件のように有益費償還請求権をあらかじめ放棄する特約も有効であるとの立場をとっています(もっとも、「消費者保護契約法」の適用のある事業者・個人間の賃貸借契約においては上記有益費放棄特約も全部又は一部が無効だとする裁判例が出る可能性はあります)。

有益費については、建物の客観的価値を増すものとはいえ、必要費のように建物の通常の使用に不可欠なものではないことから、上記のような特約を結んでも賃借人に酷とはいえないため、契約当事者の意思に委ねたものと考えられます。

よって、従来の裁判例によると、上記特約がある場合には賃借人は有益費償還請求権として改造費を賃貸人に請求できません。

投稿者: 弁護士 秋山亘

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