弁護士 秋山亘のコラム

2017.11.13更新

修繕費・有益費は費償還請求できますか?

 

<質問>

1 私は賃貸マンション3階の一室を賃借しておりますが、ベランダの手すりが壊れていて危ないので大家さんに修理をお願いしました。ところが、大家さんの方では一向に直してくれる気配がないので、自分で10万円の費用をかけて手すりの補修工事を行いました。

修理にかかった10万円は大家さんに請求できるでしょうか。また、請求しても大家さんが支払ってくれない場合、修理費10万円と家賃月額12万円のうち10万円分とを相殺することは可能でしょうか。

  なお、賃貸借契約書には「必要費及び有益費は借家人の負担とする」という条項が入ってありました。

2 一軒家を借りていたのですがこの度引っ越すことになりました。5年前にこの近辺の下水道の完備に伴いトイレを汲み取り式から水洗式に改造しましたが、その際に私が支出した改造費18万円を大家さんに請求できるのでしょうか。

 また、上記の事例で、賃貸借契約書に「必要費・有益費は賃借人の負担とする」という条項がある場合はどうでしょうか。

 

<回答>

1 必要費償還請求権

  賃貸借契約中に生じた必要費は賃貸人の負担であり、その費用を賃借人が負担したときには、直ちに賃貸人に請求できます(民法608条1項)。

 必要費とは、建物の原状を維持保存し又は賃借人が約定の目的に従った使用収益をするために必要な費用のことで、ベランダ手すりの修理費などもこれにあたります。

 そして、賃借人が必要費を負担した場合は、直ちに賃貸人にこれを請求できます。

 また、賃貸人が必要費を支払わない場合には、賃借人は家賃支払義務と相殺することもできます。

 もっとも、本件では賃貸借契約上「必要費・有益費は賃借人の負担とする」との条項があるため、本件でもこの特約条項の適用があるかが問題となります。

 この点、従来から判例・通説は、修繕費をその規模・程度及び費用の面から大修繕と小修繕に分け、小修繕については特約により賃借人負担とすることを認めるが、大修繕については特約によっても賃借人負担とすることはできないとしてきました(なお、「消費者保護契約法」の適用のある事業者・個人間の賃貸借契約については小修繕についても賃借人負担とする特約は無効になる可能性があります)。

 本件でも、ベランダは建物の主要な構造部分であり、その費用も家賃8万円のマンションに対して10万円もかかっておりますから、ベランダの修理費は小修繕の範囲を超えるもので大修繕にあたります。

 よって、本件のような特約がある場合にも賃借人は大家さんに修繕費10万円を請求できます。

2 有益費償還請求権

賃借人が建物価値の客観的に高めるための費用(有益費)を支出した場合、賃借人は賃貸人に対し賃貸借契約終了時にその費用を請求できます(民法608条2項)。

有益費とは建物の価値を客観的に高めるために支出した費用ですので、賃借人の好みによって価値が高まるか否か異なるようなものは「客観的」に価値を高めるものではないので有益費とは認められません。

また、賃貸借契約終了時に発生するものですので、賃貸借契約継続中は賃貸人には請求できません。

なお、有益費と似た概念としては借地借家法の「造作」があります。双方とも建物に付帯して建物利用の価値を高める点では共通してますが、造作とは、畳・建具・水道設備・空調設備・調理台など建物から取り外すことができる独立した物)であって、賃借人の所有物の対象になるものです(いわば、他の建物に移転しても使用可能な建物の付属設備)。これに対し、有益費は、張り替えた外壁のタイル、張り替えた床板など建物と一体化してしまい独立した所有物の対象にはならないものです。

本件のようなトイレの汲み取り式から水洗式への改造は建物価値を客観的に高めるもので、かつ、建物と一体化したものですので、有益費に該当します。

そして、有益費に当たる場合、家主は当該有益費のうち現存価値について償還義務があります。

なお、現存価値の算定については、税務上の減価償却後の価値を参考に算定することになります。

よって、家主は、賃貸借契約終了時にトイレの改造費18万円のうち現存価値分について償還義務があります。

では、「賃貸借契約書に必要費・有益費は賃借人の負担とする」という条項がある場合はどうでしょうか。

この点、裁判例(東京地裁昭和46年12月23日・東京地裁昭和61年11月18日等)は、本件のように有益費償還請求権をあらかじめ放棄する特約も有効であるとの立場をとっています(もっとも、「消費者保護契約法」の適用のある事業者・個人間の賃貸借契約においては上記有益費放棄特約も全部又は一部が無効だとする裁判例が出る可能性はあります)。

有益費については、建物の客観的価値を増すものとはいえ、必要費のように建物の通常の使用に不可欠なものではないことから、上記のような特約を結んでも賃借人に酷とはいえないため、契約当事者の意思に委ねたものと考えられます。

よって、従来の裁判例によると、上記特約がある場合には賃借人は有益費償還請求権として改造費を賃貸人に請求できません。

投稿者: 弁護士 秋山亘

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