弁護士 秋山亘のコラム

2017.11.27更新

交通事故によってアップした差額保険料の請求の可否

 

<質問>
 私は、一時停止義務違反の車に側面を追突され、物損処理に関する示談交渉を保険会社に依頼しました。私自信の車両の損害は、私が加入している車両保険を使って修理したので、私としては負担なく事故処理が出来るものと思っていましたが、保険会社から車両保険を使ったので、来年度から保険料がアップすると言われました。
私としては、事故の原因は相手方にあると思っているので、この差額保険料についても相手方に請求したいと思っていますが、このような請求は可能でしょうか。

 

<回答>
1 この問題に関しては、あまり裁判例において取り上げられた事がないようですが、古い裁判例として、横浜地裁昭和48年7月16日(交民6・4・1168)は、1年分の差額保険料を認めたものがあります。
しかし、近時の裁判例として名古屋地裁平成9年1月29日(自保ジャーナル1201)は、差額保険料の請求を否定しており、また、交通事故の損害賠償基準として定評のある交通事故・損害賠償基準(赤い本)1999年版・218頁の村山裁判官の論考では、否定説を妥当としております。
 上記赤い本は、交通事故の損害賠償請求に関しては、実務上非常に影響力が強く、東京地裁においては基本的に赤い本に掲載されている基準によって運用されていることから、現在の実務としては否定説に立って運用されていると言ってよいでしょう。
2 それでは、なぜ否定説が有力とされているのでしょうか。
 確かに、交通事故の加害者は、事故に遭う前の原状に回復する義務があると考えられ、その意味ではアップした保険料についても賠償すべきようにも思えます。
 しかし、前記の名古屋地裁の判決では、①車両保険を使用するか否かは原告が自由に選択できること(車両保険を使用する・しないというのは、不法行為から直接発生する物損の回復とは直接関係がなく、自分が加入している保険契約を使用するかどうかという問題に過ぎないこと)、②加害者からの賠償金によって修理行われる以上、物損の被害としては既に回復していると考えられること(加害者としては、相手が車両保険に入っているかいないかによって、賠償額が違ってくるというのも公平でないと考えられます)などの理由により、請求を否定しております。
民法上、不法行為によって生じた損害の全ての賠償までが認められるのではなく、不法行為と「相当な因果関係」にあるものに限り、加害者に賠償義務が認められるとされております。ここで言う「相当因果関係」とは何かについて、学説上、難しい議論が展開されている分野ですのでこれ以上は踏み込みませんが、そもそも、保険という制度は、損害が発生した場合に備えて、自衛のために加入する制度ですので、保険料はそのために支払う経費に過ぎないと考えられます。
したがって、このような観点から、差額保険料については不法行為と「相当因果関係」がある損害とは言えないものと判断されたのだと思います。

投稿者: 弁護士 秋山亘

2017.11.13更新

修繕費・有益費は費償還請求できますか?

 

<質問>

1 私は賃貸マンション3階の一室を賃借しておりますが、ベランダの手すりが壊れていて危ないので大家さんに修理をお願いしました。ところが、大家さんの方では一向に直してくれる気配がないので、自分で10万円の費用をかけて手すりの補修工事を行いました。

修理にかかった10万円は大家さんに請求できるでしょうか。また、請求しても大家さんが支払ってくれない場合、修理費10万円と家賃月額12万円のうち10万円分とを相殺することは可能でしょうか。

  なお、賃貸借契約書には「必要費及び有益費は借家人の負担とする」という条項が入ってありました。

2 一軒家を借りていたのですがこの度引っ越すことになりました。5年前にこの近辺の下水道の完備に伴いトイレを汲み取り式から水洗式に改造しましたが、その際に私が支出した改造費18万円を大家さんに請求できるのでしょうか。

 また、上記の事例で、賃貸借契約書に「必要費・有益費は賃借人の負担とする」という条項がある場合はどうでしょうか。

 

<回答>

1 必要費償還請求権

  賃貸借契約中に生じた必要費は賃貸人の負担であり、その費用を賃借人が負担したときには、直ちに賃貸人に請求できます(民法608条1項)。

 必要費とは、建物の原状を維持保存し又は賃借人が約定の目的に従った使用収益をするために必要な費用のことで、ベランダ手すりの修理費などもこれにあたります。

 そして、賃借人が必要費を負担した場合は、直ちに賃貸人にこれを請求できます。

 また、賃貸人が必要費を支払わない場合には、賃借人は家賃支払義務と相殺することもできます。

 もっとも、本件では賃貸借契約上「必要費・有益費は賃借人の負担とする」との条項があるため、本件でもこの特約条項の適用があるかが問題となります。

 この点、従来から判例・通説は、修繕費をその規模・程度及び費用の面から大修繕と小修繕に分け、小修繕については特約により賃借人負担とすることを認めるが、大修繕については特約によっても賃借人負担とすることはできないとしてきました(なお、「消費者保護契約法」の適用のある事業者・個人間の賃貸借契約については小修繕についても賃借人負担とする特約は無効になる可能性があります)。

 本件でも、ベランダは建物の主要な構造部分であり、その費用も家賃8万円のマンションに対して10万円もかかっておりますから、ベランダの修理費は小修繕の範囲を超えるもので大修繕にあたります。

 よって、本件のような特約がある場合にも賃借人は大家さんに修繕費10万円を請求できます。

2 有益費償還請求権

賃借人が建物価値の客観的に高めるための費用(有益費)を支出した場合、賃借人は賃貸人に対し賃貸借契約終了時にその費用を請求できます(民法608条2項)。

有益費とは建物の価値を客観的に高めるために支出した費用ですので、賃借人の好みによって価値が高まるか否か異なるようなものは「客観的」に価値を高めるものではないので有益費とは認められません。

また、賃貸借契約終了時に発生するものですので、賃貸借契約継続中は賃貸人には請求できません。

なお、有益費と似た概念としては借地借家法の「造作」があります。双方とも建物に付帯して建物利用の価値を高める点では共通してますが、造作とは、畳・建具・水道設備・空調設備・調理台など建物から取り外すことができる独立した物)であって、賃借人の所有物の対象になるものです(いわば、他の建物に移転しても使用可能な建物の付属設備)。これに対し、有益費は、張り替えた外壁のタイル、張り替えた床板など建物と一体化してしまい独立した所有物の対象にはならないものです。

本件のようなトイレの汲み取り式から水洗式への改造は建物価値を客観的に高めるもので、かつ、建物と一体化したものですので、有益費に該当します。

そして、有益費に当たる場合、家主は当該有益費のうち現存価値について償還義務があります。

なお、現存価値の算定については、税務上の減価償却後の価値を参考に算定することになります。

よって、家主は、賃貸借契約終了時にトイレの改造費18万円のうち現存価値分について償還義務があります。

では、「賃貸借契約書に必要費・有益費は賃借人の負担とする」という条項がある場合はどうでしょうか。

この点、裁判例(東京地裁昭和46年12月23日・東京地裁昭和61年11月18日等)は、本件のように有益費償還請求権をあらかじめ放棄する特約も有効であるとの立場をとっています(もっとも、「消費者保護契約法」の適用のある事業者・個人間の賃貸借契約においては上記有益費放棄特約も全部又は一部が無効だとする裁判例が出る可能性はあります)。

有益費については、建物の客観的価値を増すものとはいえ、必要費のように建物の通常の使用に不可欠なものではないことから、上記のような特約を結んでも賃借人に酷とはいえないため、契約当事者の意思に委ねたものと考えられます。

よって、従来の裁判例によると、上記特約がある場合には賃借人は有益費償還請求権として改造費を賃貸人に請求できません。

投稿者: 弁護士 秋山亘

2017.11.06更新

立退交渉の代理と弁護士法第72条違反の問題

                              

<質問>

宅建業者が建物の所有者からの依頼を受けて、賃貸借契約の期間満了に伴う更新契約の締結を拒絶するとして、当該建物に住み続けたいと希望する賃借人に対し、立退交渉を行うことは弁護士法違反になるのでしょうか。

また、立退交渉の依頼を行政書士或いは司法書士に対し依頼することは可能でしょうか。

 

<回答>

1 宅建業者に依頼することの可否

弁護士法第72条は、弁護士資格のないものが報酬を得る目的で法律事件を取り扱う業務を行うことを禁止しております。これに違反した場合には「2年以下の懲役又は300万円以下の罰金」に処されます。

ところで、建物の立退交渉は、賃貸借契約に関する借地借家法第28条の更新拒絶の正当事由の有無や立退料の要否やその額をめぐる高度な法律的判断を要する事柄ですので、法律事件に該当します。また、上記のような立退交渉は、更新拒絶の正当事由があるとする賃貸人側の主張と正当事由がないとする借家人側の主張の対立を当然の前提にしたものですので、法律事件としての事件性の要件も満たすと考えられます。

しがたって、弁護士以外のものが報酬を得る目的で立ち退き交渉を行うことは、弁護士法第72条違反に該当しますので、宅建業者であっても報酬を得る約束の下で、建物所有者の依頼を受けて立退交渉を代理することは出来ません。

最近でも「スルガコーポレーション事件」として報道されましたように、弁護士資格を持たない者が報酬を得る目的で建物の立退交渉を行ったとして弁護士法72条違反の罪により逮捕され、有罪判決を受けているなど、弁護士法違反での取り締まりは厳しくなっていると考えられます(もっとも、上記のスルガコーポレーション事件では、立退交渉を行ったのが暴力団関係の会社であり、立退交渉の過程においてビルの電気水道等の設備をストップしたり、ビルでお経を唱えたりするなど賃借人に対する悪質な嫌がらせが頻繁に行われていたこと、また、スルガコーポレーションから立退報酬としてその会社に数十億円もの規模で金銭が流れたとされており、この辺の事情が警察による逮捕・起訴という厳しい取り締まりにまで発展した原因になっていると考えられます)。

これに対して、報酬を得る目的なくして、立退交渉を行うことは弁護士法違反の問題は生じません。

ただし、事前に専任媒介契約を結ぶなどして、立ち退き・建て替え後のアパートの賃貸借に関する仲介業務を独占的に行うことを約して、立ち退き交渉を行うといった場合には、報酬を得る目的があると見なされる可能性があるため、弁護士法違反の問題が生じる可能性が高いと思われます。

2 行政書士への依頼の可否

次に、立退交渉を行政書士に依頼することの可否ですが、これについても、弁護士法第72条に違反することから出来ません。

行政書士は、文書の作成の代理をすることは可能ですが、依頼者の代理人となって相手方と直接交渉したり、あるいは、相手方の回答書を受け取ったりすることはできません。

仮に、行政書士が本人の代理人としてこれらの行為を行うと弁護士法第72条違反の罪に該当します。

近時は、あたかも弁護士と同様、依頼者から立退交渉や立退料の額などに関する専門的な法律の相談を受け、依頼者の代理人として行動できるかのような宣伝を行っている行政書士もおりますが、そのような行為は弁護士法第72条違反に該当する違法な行為になります。

各地の弁護士会においても、これら弁護士法違反の行為を行う行政書士を告発する事例が増えております。

3 司法書士への依頼の可否

次に、司法書士に法律事件を依頼することの可否ですが、これについては、訴額140万円までの事件であれば、簡裁代理権を有する認定司法書士に対し、そのような事件の依頼をすることは可能です。

 しかし、立退交渉の事件は、賃借人が主張する立退料の額が140万円以上になるケースが殆どではないかと思われますので、殆どのケースでは上記の要件を満たさないのではないかと考えられます。

したがって、やはり立退交渉事件に関しては、代理人として司法書士に依頼することは弁護士法第72条違反の問題が生じる可能性が高いと思われます。

加えて、立退交渉の事件は、借地借家法第28条の正当事由の具備の判断、立退料の提供の要否、妥当な立退料の額の算定など、専門の弁護士でも判断をすることが困難な高度に専門的な法律的判断を伴う事件です。

家主としては、借地借家法の法解釈や判例に精通していない専門家に依頼したために、本来、立退料の提供の必要がない或いはごく低額の立退料の提供で立退請求が可能な事案で高額の立退料を支払ってしまうという場合、賃借人としても本来より多くの立退料の提供を求められるのに低額の立退料で立ち退きに応じてしまうといった場合もあると思われます。

この点からしても、司法書士への依頼は、立退請求事件などのように高度に法的な判断を要するような事件においては、事件処理能力や裁判例の十分な理解など法的な知識の観点からして、適切ではないように考えられます。

投稿者: 弁護士 秋山亘

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