弁護士 秋山亘のコラム

2016.10.31更新

老朽化した建物の明け渡しと立退料-その2

 

<質問>

 建物の老朽化による立退請求の事案では、どのような事案であっても立退料の提供は必要なのでしょうか。

<回答>

裁判例としては、建物の老朽化による立退請求の事案では、ある程度の額の立退料の提供を必要とする事案が多いといえます。

しかし、東京地判昭61・2・28(判時1215・69)は、賃貸人Xが建物をXの弟である賃借人Y及びその子に賃貸しており、Yらは同建物で不動産業を営んでいたという事例で、当該建物の老朽化が進んでいること、Xの老後の生活安定のため本件建物を取り壊して建て替える必要があることから、立退料の提供なしに申し入れた解約について、正当事由を認めています。

この事例では、賃貸人と賃借人が兄弟であり、賃借人が建替計画を知って入居していること、賃借人が不動産業を営んでおり、移転が容易であることが特に考慮されて、立退料の提供を不要とされております。

 また、東京地判平3・11・26(判時1443・128)は、築後60年以上経過し老朽化が著しく、地盤崩壊等の危険性があること及び本件建物を取り壊して今後の生活の基盤となるビルを建築する必要があることなどを理由として薬局として使用している建物の賃貸借の解約の申し入れに、立退料の提供なく、正当事由を認めております。

この事例では、老朽化が激しく、地盤崩壊等の危険性など建物の安全性に鑑みて、公共の安全の見地からも建て替えの必要性が極めて高いことを重視して、立退料の提供なくして正当事由を認めたものと考えられます。

建物の地震に倒壊は、建物に面した道路を歩行する人の生命にも影響を及ぼします。その意味で建物は、公共的な存在であると言えます。

このような観点からすると、老朽化が激しく地震等による倒壊の恐れが現実的な事案については、立退料の提供なくして、立ち退き請求が認められるとする事案も今後は、少しずつ増えてくるのではないかと思われます。

 以上のように、建物の立退請求の事件は、事案によって高額の立退料の提供を要するものから、立退料の提供なくして立退が認められるもの或いはかなり低額の立退料で立退が認められるものまで様々ですので、立退請求の事案では一度専門家の弁護士に相談されることをお勧めします。

投稿者: 弁護士 秋山亘

2016.10.24更新

老朽化した建物の明け渡しと立退料

 

<質問>

 建物の老朽が進み、建物の安全性が懸念される為、建て替えの必要性が大きいことを借地借家法28条の正当事由として、賃借人に建物の明け渡しを求めました。

 しかし、賃借人は、建物の貸主には民法606条により修繕義務があるのだから、建物に修繕を施すべきであり、建替を理由とした正当事由は認められないと言って、明け渡しに応じてもらえません。

 賃貸人に修繕義務がある以上、修繕が物理的に不能なほど老朽化しないと明け渡しを求めることは出来ないのでしょうか。

 

<回答>

 民法606条は、賃貸人の修繕義務を規定しておりますので、基本的には、建物が老朽化しても修繕を施すことで建物の使用を継続することが可能な限り、賃貸人としては修繕義務を尽くすべきでありますので、そのような事由のみをもって正当事由があると認めるのは困難です。

 もっとも、老朽化の程度と大修繕に要する費用如何によっては、修繕による建物としての効用期間の延長とその間の賃料収入による投下資本の回収可能性の見地からして、採算に見合わない場合にまで賃貸人に修繕義務を認め、建物への大修繕を実施させることは、賃貸人に酷であり、社会経済的な観点からの建物の有効利用の見地からも妥当ではありません。

 そこで、修繕による建物の効用期間の延長という修繕効果に照らし、修繕に過大な費用を要する場合には、社会経済的には修繕不能な状態にあるとして、賃貸人が修繕義務を果たさない場合においても、建て替えを理由とする明け渡しに正当事由を認めることも可能と考えられます。

 もっとも、このような場合においても、立ち退きという重大な不利益を被る賃借人においては、相当の補償がなされるべきですので、賃借人の被る不利益を考慮した相当額の立退料の提供が必要になります。

この点、①東京高判平3・7・16(判タ779・272)は、明治37、38年ごろに建築された建物で老朽化が著しく、修繕をするには新築以上の費用を要することを理由に家主側の正当事由として認め、電器店を経営し、かつ、居住する賃借人に対し、賃借人の4年間分の営業所得に相当する1500万円(現行家賃の34.9年分)の立退料を支払うことによって正当事由が具備すると判示しております。

また、②大阪地判昭59・7・20(判タ537・169)は、4戸建ての長屋のうち中央の2戸はすでに空き家となっており、建物全体としては相当老朽化が進んでいる事案において、修理には多額の費用を要するうえ、修理後の耐用年数も7、8年程度であるので、本件長屋を取り壊して建て替える方が経済的であるとして、立退料150万円(現行家賃の約24.0年分)を提供することにより正当事由が具備すると判示しております。

なお、前記の2つの事案では、立ち退料の金額に大きな違いが見られますが、その理由としては、①の事案と②の事案の基本賃料や土地価格の相違のほか、①の事案は、賃借人が電気店を営んでいたことからその営業補償を考慮しなければならないのに対し、②の事案は、単に個人としての住居であるため、移転費用(引越費用、新規借入費用と一定期間の差額家賃)を賄えれば十分と判断された為と考えられます。

投稿者: 弁護士 秋山亘

2016.10.18更新

賃貸アパートにおけるペット飼育の法律問題

 

(質問)

1 賃借人が賃貸人に無断で犬を3匹も飼っています。しつけも悪く、アパートの内外で糞尿の汚れもひどく、夜鳴きもうるさいなど同じアパートの人たちからも苦情が来ています。

賃貸借契約書には「賃借人は、猛獣、爬虫類、犬、猫等の動物を飼育し

てはならない」との条項があります。

このような場合賃貸借契約を解除することができるでしょうか。

2 また、上記のような条項がない場合にも賃貸借契約を解除することができるでしょうか。

 

(回答)

1 質問1について

  (1) ペット飼育禁止特約の有効性

裁判例はこのようなペット飼育禁止特約の有効性を認めております。

 確かに、個人の空間で他人に迷惑をかけずにぺットの飼育をするならば問題はないようにも思えますが、たとえその飼育マナーが良い場合でも、共同住宅においてはペットの飼育そのものに嫌悪感を抱く方もいること、ペットの飼育それ自体により建物の傷み具合が進行すること、飼主にとっては気にならない鳴き声・抜け毛など有形無形の迷惑が生じている場合も往々にして認められることなどから、一律に犬・猫等のペット飼育の禁止をうたう特約も有効とされています。

(2) 契約解除の可否

 次に、ペット飼育特約が有効であり、それに違反してペットの飼育が

為された場合に直ちに契約解除までできるかというと、必ずしもそうではありません。

裁判例は、賃貸借契約を解除するには、客観的に見て、賃貸人と賃借

人との間の信頼関係が破壊されたと言えるような場合でなければならないとしております。

たとえば、ペットの飼育により本件のような迷惑行為が現に行われて

いる場合、賃貸人がペットの飼育をやめるよう再々に渡り催告したにもかかわらずこれをやめない場合には、信頼関係が客観的に見て破壊されたと言えるでしょう。

逆に、ペットを飼育していることが判明したが、近隣への目立った迷

惑行為もみられず、建物のペットによる損耗も預け入れ敷金による補修費の控除で十分に賄える程度の軽度の損耗しか認められない場合においては、賃貸人の催告によって賃借人が速やかにペットの飼育をやめれば、契約解除まで認めるのは難しいでしょう。

 

2  質問2

 (1) ペット飼育の可否

ペット飼育禁止特約がない場合には、猛獣や毒蛇等の危険動物の飼育

は別として、犬猫等の動物の飼育それ自体は原則として禁止されるものではありません。

契約後に賃貸人が一方的に犬猫の飼育を禁止することはできません。

(2) 用法遵守義務

しかしながら、賃借人は、特約がなくとも、「契約又はその目的物の

性質に因りて定まりたる用法に従いその物の使用及び収益を為す」という義務(民法594条、616条)、すなわち「用法遵守義務」があります。

したがって、この用法遵守義務がから、賃借人であるペット飼育者に

も、ペットの飼育をするにしても守らなければならない一般的な社会的ルールの履行が求められます。

具体的には、飼主には、糞尿の始末をきちんとする、ペットが夜鳴き

などをしないようしつけをきちんと施す、場合によっては動物病院で治療やその他の夜鳴き防止の処置をするなど、ペットの飼育により近隣に迷惑を及ぼさない義務、建物に通常の使用を超えるような損耗をさせない義務があります。

 そして、この義務に違反し、その義務違反の程度も、本設例のように著しい場合には、賃借人の用法遵守義務違反が認められるでしょうし、また、その義務違反により賃貸人との信頼関係も破壊されたとして、契約解除が認められるでしょう。

 なお、裁判例(東京地判昭和62年3月2日・判時1262号117頁)においても、ペット飼育により著しい迷惑行為があった事案では、ペット飼育禁止特約が設定されていない場合でも、上記の用法遵守義務違反と信頼関係の破壊を認定し、契約解除を認めたものがあります。

投稿者: 弁護士 秋山亘

2016.10.11更新

退職届の無効・取り消し

 

<質問>

1 (1) 私は、仕事上のあるミスのことで会社の社長に呼び出され「このままでは懲戒解雇になる。懲戒解雇になれば次の仕事のために就職活動をしても採用されないだろう。今退職届けを出せば懲戒解雇にはしない」といわれ、本当に懲戒解雇になると思い込み、退職届を出してしまいました。その日自宅に帰り冷静になって考えてみると、あの程度のミスで懲戒解雇になるとはどうしても思えません。

 そのため、翌日、会社に退職届の撤回の申し出をしたのですが、一度出した退職届の撤回には応じられないの一点張りでかけあってもらえません。どうしたらよいのでしょうか。

(2) 私は、仕事上のあるミスのため、上司の部屋に呼び出され、3人の上司から長時間にわたり、仕事のミスのことで叱責された上、「この退職届に署名しない限り今日は家に帰さない。」とか「今後会社に残っても一生窓際族として扱うからな。覚悟するように。」などと言われて心理的圧力を加えて退職を迫られ、退職届に署名捺印してしまいました。

 翌日、会社に退職届の撤回の申し出をしたのですが、一度出した退職届の撤回には応じられないの一点張りでかけあってもらえません。どうしたらよいのでしょうか。

2 次に、会社側の対応として、退職届を出した従業員から、退職の意思表示の撤回(無効・取り消し)の主張があった場合には、どのような対応を取るべきでしょうか。

<回答>

1 1(1)の回答

本件のような場合には、まず、退職の意思表示が錯誤に陥ったものであることを理由に錯誤無効(民法95条)の主張をすることが考えられます。

 錯誤とは「思い違い」のことですが、些細な点について思い違いがあっただけでは、錯誤無効の主張は認められません。

本件について言えば、懲戒解雇事由など本当は存在しないのに、社長から「懲戒解雇にあたる」と言われて、本当に懲戒解雇事由にあたると思い込んで、退職届を出したという場合です。上記の事実の立証責任は、錯誤無効を主張する従業員側にありますので、退職届を提出してしまった場合には、解雇無効を争う事案よりも立証のハードルは高くなるといえます。

また、同じく、懲戒解雇事由が存在しないのに今回のミスは懲戒解雇にあたると嘘をつかれて、退職届けを出した場合には、詐欺取り消し(民法96条)の主張が可能です。

錯誤無効にせよ、詐欺取り消しにせよ、退職届を提出してから時間が経てば経つほどそのような主張は認められにくくなりますので、できるだけ早く書面によって上記の主張をしておく必要があります。

2 2(2)の回答 

 本件のような場合には、強迫による退職の意思表示の取り消し(民法96条)の主張が考えられます。

 退職に際して強迫的な言葉を言われた事実は、退職届を出した従業員側で立証する必要がありますので、退職届を出した時の状況をできるだけ証拠化しておくことが考えられます。

例えば、退職届の撤回を申し出て会社側と退職について協議をする際に、その際の会社側との遣り取りを録音テープで取っておくことなどが考えられます。

3 3の回答

 従業員側が主張する退職届の撤回(無効・取り消し)の具体的な理由について、従業員側に書面での回答を求めた上で、そのような事由の存否について会社側として具体的に回答することになります。

その上で、何らかの解雇理由に基き会社側が退職勧奨をしたという事実があるのであれば、予備的に解雇理由を示した上の解雇通知をしておくべきです。 

といいますのも、仮に錯誤や詐欺取り消しによって退職届が無効・取り消しとなると、少なくとも会社と従業員との間の雇用契約は解雇通知を出した時までは有効ということになります。

したがって、仮に退職届の無効・取り消しが認められた場合には、たとえ解雇が有効であると認められるような場合でも、解雇通知を出した時までの雇用契約は有効ということになり、解雇通知を出した時までの賃金支払い義務は生じてしまうことから、退職届の無効・取り消しが仮に認められた場合の予備的な通知であることを明示した上で解雇通知を出しておくべきでしょう。

投稿者: 弁護士 秋山亘

2016.10.03更新

家賃の時効は何年ですか? 

 

最近、法律相談で「家賃の滞納が続いているのだけど支払ってもらえないのでそのままにしている」、「不況なので取立てを待ってあげている」ということをしばしばお聞きします。しかし、どうしても弁済を猶予してあげたいという場合でも、時効には注意しなければなりません。時効が完成してしまうと、法律上は債権(お金を回収する権利)が消滅してしまうからです。そこで、今回はこの時効という制度についてご説明したいと思います。

1なぜ時効という制度があるのか

 時効とは、①一定期間の時の経過と②時効の援用(時効の利益を利用するという債務者の意思表示)によって債権が消滅する制度です(民法166条以下)。 

 なぜこのような一見不合理な制度があるのかと言いますと、①法律上の権利関係が長年決着つかない状態であると社会生活が安定しないこと、②昔の出来事なので証拠がなくなってしまっているのが通常であること、③権利の行使を長年怠っていた債権者は保護されなくても仕方ないことが理由となっています。

2時効の要件;一定期間の時の経過

 では、一定期間の時の経過とはどのくらいの期間のことを言うのでしょうか。これはその取引の種類によって異なります。

 まず、民法上の一般原則は、10年です。個人間の金の貸し借り上の債権は、これに該当します。

 次に、商取引上の債権の時効は、5年です。企業がする取引上の債権は一般にこれに該当します。また、一方が個人でも、会社を相手とするお金の貸し借りもこれに該当します。

 以上2つが基本ですが、この他に短期消滅時効と言って特別に短い期間で時効が成立するものがあります。

①時効期間5年のもの…個人がする賃貸借契約上の賃料債権

②時効期間3年のもの…請負工事の代金、医療行為の治療代、不法行為による損害賠償請求権(加害者を具体的に知ったときから数えて3年)

③時効期間2年のもの…生産者・卸売商人・小売商人が売る物品の代金、学習塾の月謝、弁護士の弁護料、労働者の賃金(但し退職金は5年)等

④時効期間1年のもの…飲み屋のツケ、運送代金等

3時効完成を妨げるには

 このように、①時の経過と②時効の利益の援用で時効は完成しまが、時効の完成は「中断」によって妨げることができます。「中断」に該当すると、時効期間の経過は振出に戻り、一から再び始まるのです。

 中断事由としては、①請求、②債務の承認、③仮差押、仮処分、差押があります。

 ①請求とは、訴え提起するほか請求書や催告状を出すことも該当しますが、請求書等を出した場合はその後6ヶ月以内に訴え(裁判)を提起しないと、時効中断の効果はなくなってしまいますので注意が必要です。

 ②債務の承認とは、債務者が債務の存在を認めることですが、債務の一部を弁済をする、利息を支払う、債務者が支払の猶予を申し出るなども債務の承認に該当します。

 以上が中断事由ですが、これらを行う場合は、後に証拠となるように文書で残る形にするよう注意しなくてはなりません。例えば、請求書なら配達証明付内容証明郵便で出す、一部弁済なら銀行振込み形式にしてもらう、支払の猶予ならその旨の文書を債務者に一筆書いて頂く等です。

投稿者: 弁護士 秋山亘

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