弁護士 秋山亘のコラム

2016.10.11更新

退職届の無効・取り消し

 

<質問>

1 (1) 私は、仕事上のあるミスのことで会社の社長に呼び出され「このままでは懲戒解雇になる。懲戒解雇になれば次の仕事のために就職活動をしても採用されないだろう。今退職届けを出せば懲戒解雇にはしない」といわれ、本当に懲戒解雇になると思い込み、退職届を出してしまいました。その日自宅に帰り冷静になって考えてみると、あの程度のミスで懲戒解雇になるとはどうしても思えません。

 そのため、翌日、会社に退職届の撤回の申し出をしたのですが、一度出した退職届の撤回には応じられないの一点張りでかけあってもらえません。どうしたらよいのでしょうか。

(2) 私は、仕事上のあるミスのため、上司の部屋に呼び出され、3人の上司から長時間にわたり、仕事のミスのことで叱責された上、「この退職届に署名しない限り今日は家に帰さない。」とか「今後会社に残っても一生窓際族として扱うからな。覚悟するように。」などと言われて心理的圧力を加えて退職を迫られ、退職届に署名捺印してしまいました。

 翌日、会社に退職届の撤回の申し出をしたのですが、一度出した退職届の撤回には応じられないの一点張りでかけあってもらえません。どうしたらよいのでしょうか。

2 次に、会社側の対応として、退職届を出した従業員から、退職の意思表示の撤回(無効・取り消し)の主張があった場合には、どのような対応を取るべきでしょうか。

<回答>

1 1(1)の回答

本件のような場合には、まず、退職の意思表示が錯誤に陥ったものであることを理由に錯誤無効(民法95条)の主張をすることが考えられます。

 錯誤とは「思い違い」のことですが、些細な点について思い違いがあっただけでは、錯誤無効の主張は認められません。

本件について言えば、懲戒解雇事由など本当は存在しないのに、社長から「懲戒解雇にあたる」と言われて、本当に懲戒解雇事由にあたると思い込んで、退職届を出したという場合です。上記の事実の立証責任は、錯誤無効を主張する従業員側にありますので、退職届を提出してしまった場合には、解雇無効を争う事案よりも立証のハードルは高くなるといえます。

また、同じく、懲戒解雇事由が存在しないのに今回のミスは懲戒解雇にあたると嘘をつかれて、退職届けを出した場合には、詐欺取り消し(民法96条)の主張が可能です。

錯誤無効にせよ、詐欺取り消しにせよ、退職届を提出してから時間が経てば経つほどそのような主張は認められにくくなりますので、できるだけ早く書面によって上記の主張をしておく必要があります。

2 2(2)の回答 

 本件のような場合には、強迫による退職の意思表示の取り消し(民法96条)の主張が考えられます。

 退職に際して強迫的な言葉を言われた事実は、退職届を出した従業員側で立証する必要がありますので、退職届を出した時の状況をできるだけ証拠化しておくことが考えられます。

例えば、退職届の撤回を申し出て会社側と退職について協議をする際に、その際の会社側との遣り取りを録音テープで取っておくことなどが考えられます。

3 3の回答

 従業員側が主張する退職届の撤回(無効・取り消し)の具体的な理由について、従業員側に書面での回答を求めた上で、そのような事由の存否について会社側として具体的に回答することになります。

その上で、何らかの解雇理由に基き会社側が退職勧奨をしたという事実があるのであれば、予備的に解雇理由を示した上の解雇通知をしておくべきです。 

といいますのも、仮に錯誤や詐欺取り消しによって退職届が無効・取り消しとなると、少なくとも会社と従業員との間の雇用契約は解雇通知を出した時までは有効ということになります。

したがって、仮に退職届の無効・取り消しが認められた場合には、たとえ解雇が有効であると認められるような場合でも、解雇通知を出した時までの雇用契約は有効ということになり、解雇通知を出した時までの賃金支払い義務は生じてしまうことから、退職届の無効・取り消しが仮に認められた場合の予備的な通知であることを明示した上で解雇通知を出しておくべきでしょう。

投稿者: 弁護士 秋山亘

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