弁護士 秋山亘のコラム

2016.04.04更新

賃借人の行方不明と建物明渡

 

<質問>

私は、アパートのオーナーをしておりますが、アパートの賃借人が半年前から行方不明になり、賃料も滞納しています。

このような場合、どのような方法をもって部屋の明渡を受ければよいでしょうか。

なお、賃貸借契約では賃借人の父親が連帯保証人となっています。

また、賃貸借契約書には、「契約終了後に賃借人が部屋の明け渡しに応じない場合には、賃貸人は、鍵の変更及び残置物の処分をすることが出来る」と書かれております。

 

<回答>

1 賃貸借契約解除・建物明渡の方法

 本件では、賃料の滞納を理由に賃貸借契約を解除した上で、建物の明け渡しを求めることになりますが、賃借人が行方不明の場合には、契約解除の意思表示をどのような方法で行うかが問題となります。

 というのも、民法97条1項により、契約解除などの意思表示は相手方に到達して初めて、効力を持つのですが(通常、配達記録付きの内容証明郵便で通知をするのもこの為です。)、本件のように相手方が行方不明の場合にはどのようにして解除の意思表示を相手方に到達させるかが問題になるのです。

この点、民事訴訟法の改正に伴い、訴状に意思表示が記載されているときは、訴状の「公示送達」で契約解除の意思表示を相手方に通知することもできるようになりました(民訴法113条)。そのため、現在は、訴状に解約解除の意思表示を記載した上で、訴状の送達を「公示送達」の手続きによってすることになります。

公示送達とは、訴状の送達は、本来は、郵便局員が被告の居住地に赴き被告本人若又は被告の同居人若しくは被告の勤務先の従業員に手渡しをすることによって行われるのが原則ですが、被告の居住地や勤務先が調査を試みても不明な場合には、裁判所にその旨の調査報告書を提出することによって、裁判所の掲示板に呼び出し状を貼り、その日から2週間経過した時に訴状の送達があったものと見なされる手続きです。

ただし、公示送達のための調査は、被告の住民票上の住所に赴き、近隣者等に聞き込み調査をしたり、郵便受けの状況、表札の状況、電気ガスメーターの状況などを調査したり、或いは、連絡の取れる親族に聞き込みをしたりしなければならないため、なかなか手間がかかる作業となります。

2 連帯保証人の明渡義務について

 このように、行方不明になった賃借人本人には、訴訟を通じて明け渡しを求めることが出来ますが、例えば、連絡のつく連帯保証人に対し、建物の明け渡し求めることは出来ないのでしょうか。

しかし、この点、大阪地判昭和51・3・12は、「建物明渡義務は、賃借人の一身専属的な義務であり、保証人が代わって実現することはできない。建物明渡について保証債務は、明渡の不履行により、この義務が損害賠償義務に変ずることを停止条件として効力を生じる」ものとしています。

したがって、この立場からは、連帯保証人は、建物明渡義務それ自体は負担しないことになります。

 もっとも、連帯保証人は、賃貸借契約上の賃借人の一切の債務を連帯保証するのが通常ですから、明け渡し自体は求められなくとも、明け渡し完了時までの賃料相当損害金や明け渡しに要する執行費用など金銭請求については求めることが出来ます。

 そこで、このままでは連帯保証人が支払わなければならない保証債務が膨れあがることを説明し、連帯保証人である父親の手で建物の明け渡しを実施してもらうことが現実的な解決方法でしょう。

3 残存動産を処分するための法的手段

 明渡の判決を得て強制執行に及んだとしても、それをもって、建物の内部に残された動産を当然に処分することはできません。

そこで、建物明渡を求める訴えを起こす際、同時に滞納家賃を支払えとの判決を求める訴えも起こして、その判決に基づいて残された動産の差押競売をなし、滞納家賃の一部に充当することにより、残置動産を処分するという方法が必要になります。

近時の民事執行法の改正で、資産価値の高い重要な動産を除き、明け渡しの断行当日に即時競売が出来るようになりましたので、賃料債権をもって動産類を差押えするなどして、建物明け渡しの執行費用を抑えることが大切です。

建物明け渡しの強制執行の時に、資産価値がある動産が残っていると、倉庫を借りて一定期間保管しなければならず、その保管料、運搬料、運び出し人夫の費用などがかかってしまいます。

この費用は、荷物の量にもよりますが1回の建物明け渡しで50万円程度かかると言われております。

4 残置動産放棄条項の有効性

 このように、明渡の判決を得て強制執行をするにしても、その執行費用は結構な金額になります。

それを回避するために、賃貸借契約書には「契約終了後に賃借人が部屋の明け渡しに応じない場合には、賃借人は、残置動産を放棄し、賃貸人は、鍵の変更及び残置物の処分をすることが出来る」といった条項が書かれている場合があります。

しかし、東京高判平成3・1・29は、このような条項の有効性について「本件建物についての賃借人の占有に対する侵害を伴わない態様における搬出・処分のみを認めるものと解するのが合理的」と認定し、賃借人の占有が残っている建物への立ち入り搬出・処分は違法な自力救済に該当し、許されないと判示しております。

したがって、仮に、賃貸人がこのような賃貸借契約書の条項が存在するとして、契約解除後に改めて賃借人から同意書を取り付けることなく、賃借人の建物内に入り、賃借人の荷物を持ち出したり、処分する行為は、民事上の損害賠償請求をされるおそれがあるほか、住居侵入罪や窃盗罪として処罰されるおそれがあります。

そこで、賃貸人としては、出来るだけ契約解除後、改めて賃借人と連絡を取り、鍵の引き渡しと共に残置物放棄の書面を取り付けなければなりません。

もしくは、このような明け渡しの作業については賃貸人本人が行うのではなく、連帯保証人である父親を説得して、父親の責任で行ってもらう、それが出来なければ、訴訟を提起した上で強制執行の手続きをもって行うことが必要です。

 

投稿者: 弁護士 秋山亘

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