弁護士 秋山亘のコラム

2018.02.19更新

通常損耗の原状回復費用と敷引特約の有効性

 

<質問> 
建物の賃貸借契約において,建物退去時の居室の通常損耗に関する原状回復費用を,敷金から定額で控除する方法で,賃借人に負担させる特約は有効でしょうか。

 
<回答>
1 質問のような特約が消費者契約法10条に違反しないかが争われた事案として,最高裁平成23年3月24日判決があります。
 上記最高裁判決は,結論としては,消費者契約法に違反しないとして質問のような特約を有効としましたが,同時に,控除される敷引金の額が敷引特約の趣旨からみて高額に過ぎる場合には,無効になる場合もあることを示しております。
 そこで,今回は,上記最高裁の判示に即して,消費者契約法10条の問題を解説したいと思います。
2 まず,消費者契約法10条は,消費者契約の条項が「民法等の法律の公の秩序に関しない規定,すなわち任意規定の適用による場合に比し,消費者の権利を制限し,又は消費者の義務を加重するものであること」を要件としています。
この点,賃借物件の損耗の発生は,賃貸借という契約の本質上当然に予定されているものですので,賃借人は,特約のない限り,通常損耗等についての原状回復義務を負わず,その補修費用を負担する義務も負いません(前掲最高裁判決)。
したがって,賃借人に通常損耗等の補修費用を負担させる趣旨を含む本件のような特約は,任意規定の適用による場合に比し,消費者である賃借人の義務を加重するものに該当します。
3 次に,消費者契約法10条は,「消費者契約の条項が民法1条2項に規定する基本原則,すなわち信義則に反して消費者の利益を一方的に害するものであること」を要件としています。消費者契約法10条違反が問題となる事案では,主にこの要件を満たすかが争点となっております。
 この点に関して,前掲最高裁判決は,「通常損耗等の補修費用は,賃料にこれを含ませてその回収が図られているのが通常だとしても,これに充てるべき金員を敷引金として授受する旨の合意が成立している場合には,その反面において,上記補修費用が含まれないものとして賃料の額が合意されているとみるのが相当であって,敷引特約によって賃借人が上記補修費用を二重に負担するということはできない。また,上記補修費用に充てるために賃貸人が取得する金員を具体的な一定の額とすることは,通常損耗等の補修の要否やその費用の額をめぐる紛争を防止するといった観点から,あながち不合理なものとはいえず,敷引特約が信義則に反して賃借人の利益を一方的に害するものであると直ちにいうことはできない。」として,基本的には,本件のような敷引特約の合理性を認めています。
 しかし,前掲最高裁判例は,以下のように述べて,敷引金の額が敷引特約の趣旨からみて高額に過ぎる場合には,本件のような敷引特約も無効になる場合もあることを示しています。
「もっとも,消費者契約である賃貸借契約においては,賃借人は,通常,自らが賃借する物件に生ずる通常損耗等の補修費用の額については十分な情報を有していない上,賃貸人との交渉によって敷引特約を排除することも困難であることからすると,敷引金の額が敷引特約の趣旨からみて高額に過ぎる場合には,賃貸人と賃借人との間に存する情報の質及び量並びに交渉力の格差を背景に,賃借人が一方的に不利益な負担を余儀なくされたものとみるべき場合が多いといえる。そうすると,消費者契約である居住用建物の賃貸借契約に付された敷引特約は,当該建物に生ずる通常損耗等の補修費用として通常想定される額,賃料の額,礼金等他の一時金の授受の有無及びその額等に照らし,敷引金の額が高額に過ぎると評価すべきものである場合には,当該賃料が近傍同種の建物の賃料相場に比して大幅に低額であるなど特段の事情のない限り,信義則に反して消費者である賃借人の利益を一方的に害するものであって,消費者契約法10条により無効となると解するのが相当である。」
4 そして,前掲最高裁判例は,以下のような具体的な事情に鑑みて,当該敷引金の金額が不当に高額ではないとして、当該敷引特約を有効とする結論を導いています。
「これを本件についてみると,本件特約は,契約締結から明渡しまでの経過年数に応じて18万円ないし34万円を本件保証金から控除するというものであって,本件敷引金の額が,契約の経過年数や本件建物の場所,専有面積等に照らし,本件建物に生ずる通常損耗等の補修費用として通常想定される額を大きく超えるものとまではいえない。また,本件契約における賃料は月額9万6000円であって,本件敷引金の額は,上記経過年数に応じて上記金額の2倍弱ないし3.5倍強にとどまっていることに加えて,上告人は,本件契約が更新される場合に1か月分の賃料相当額の更新料の支払義務を負うほかには,礼金等他の一時金を支払う義務を負っていない。
 そうすると,本件敷引金の額が高額に過ぎると評価することはできず,本件特約が消費者契約法10条により無効であるということはできない」
5 このように,本件のような敷金引き特約は,通常損耗に関する原状回復費用として不当に高額に過ぎるものでなければ,消費者契約10条に違反するものではありません。
しかし,前掲最高裁判決が考慮した前記のような事情,すなわち,①通常損耗の補修費用として通常想定される金額との比較,②月額賃料と敷引金の比較,③更新料,礼金の支払額との比較などの諸事情に照らして,敷引金の金額が不当に高額に過ぎると判断されれば,消費者契約法10条に違反するとして,無効になる場合もありますので,注意が必要です。                            (以上)<質問> 
建物の賃貸借契約において,建物退去時の居室の通常損耗に関する原状回復費用を,敷金から定額で控除する方法で,賃借人に負担させる特約は有効でしょうか。 

投稿者: 弁護士 秋山亘

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