弁護士 秋山亘のコラム

2019.11.05更新

賃貸人の民事再生と賃借人の相殺権について

 

 

(事例)

  Xはその所有ビルを家賃1ヶ月10万円、敷金50万円でAに賃貸していたが、賃貸人Xは民事再生の開始決定を受けた。

(1) このような事例でAの敷金返還請求権は保護されるのか?

(2) AがXに対し売掛金債権100万円を有していた場合、賃料の支払い義 務と売掛金債権との相殺を賃貸人Xに対し主張することができるか。

(回答)

1 (1)賃借人の敷金返還請求権の保護について

賃借人の敷金返還請求権は、民事再生手続き上でも、賃貸借契約が終了し明け渡しが完了することを条件に発生する停止条件付きの再生債権となるのが原則です。

したがって、賃借人は、賃貸借契約が終了し明け渡しが完了する前には、敷金返還請求権と賃料の支払い義務の相殺を主張することではできません(この点は、前回の賃貸人破産の場合と同様です)。

よって、再生債権となりますので、民事再生計画の認可によって、将来の敷金返還請求権は権利変更されることになります(すなわち、再生計画に従い、他の債権と同様に敷金返還請求権も債権額が圧縮されます)。

しかし、今回の民事再生法の改正により、賃借人が以下の条件を満たしている場合には、敷金返還請求権を共益債権とすることができるようになりました(改正民事再生法92条3項)(すなわち、再生計画に関わらず共益債権として権利変更の対象にならないことになります)。

① 民事再生手続の開始後に弁済期が到来する賃料債務について、手続開始後その弁済期までに弁済していること

② 手続開始時の賃料の6ヶ月分相当額の範囲内で、かつ、当該弁済額の限度内のものを、共益債権とする。

 したがって、民事再生手続の開始後に発生する賃料債務について、各弁済期までに、賃料債務を6回分現実に弁済した場合(後記(2)のように賃料債務と売掛金債権と相殺をした場合は上記要件の弁済したことにはなりません)には、賃料の6ヶ月分相当の敷金返還請求権が共益債権になります。6ヶ月分を超える敷金返還請求権は共益債権にはなりません。また、弁済期までに弁済しなかった賃料についても、たとえ弁済しても上記の6回分にはカウントされませんので注意してください。

2 (2)売掛金債権との相殺権について

本件のような事例で、賃貸人破産のケースでは、賃借人は、賃貸人への売掛金債権と賃料支払義務を無制限に相殺できるので、100万円の売掛金と10回分の賃料支払義務の相殺を賃貸人Xに対抗できることは前回説明しました。

これに対し、民事再生法では、賃借人は、無制限に相殺を主張できるのではなく、以下の条件を満たしている場合にのみ相殺ができるので、注意が必要です(民事再生法92条)。

① 民事再生手続開始後に弁済期が到来すべき賃料債務のうち、手続開始時の賃料の6ヶ月分相当額の限度額のものを受動債権とすること

② 債権届出期間の満了時までに、売掛金債権の弁済期が到来するなど相殺適状(売掛金の支払い義務が現に生じている状態のこと)となること

③ 債権届出期間の満了時までに相殺の意思表示をしていること

したがって、本件では、上記①~③を満たしている限り、賃料の6か月分である60万円分の売掛金債権については賃料支払義務との相殺が可能となります。

なお、相殺の意思表示は、上記③のとおり、債権届出期間の満了時までに行わなければなりませんので、この期限を過ぎないよう注意が必要です。また、相殺の意思表示は内容証明郵便などで行っておくべきでしょう。

 また、民事再生手続開始後に弁済期が到来すべき賃料債務との相殺については上記①のとおり、6か月分という量的制限がありますが、手続き開始前に弁済期が到来している未払賃料との相殺は、上記①のような量的制限なく行うことができます。したがって、民事再生開始決定までに、4か月分の賃料を未払いとしていた場合には、上記①による60万円分の相殺とは別に、4か月分の未払賃料にあたる40万円との相殺もできます。

 なお、上記は、担保権者が物上代位権により賃料の差し押さえ手続きをしていない場合についての取り扱いです。担保権者が賃料債権を差し押さえてきた場合には、前回の賃貸人破産の場合の説明と同様に、賃借人の売掛金の取得時期が担保権設定登記の時よりも後の場合には、相殺の主張を差し押さえ担保権者に対抗できません。

投稿者: 弁護士 秋山亘

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