弁護士 秋山亘のコラム

2019.02.18更新

暴力団組員が居住するマンション売買での説明義務

 

 

1 はじめに

 暴力団組員がその1部屋を賃借して住んでいる賃貸マンションを売却するに際して、宅建業者がこれを説明せずに売却しても法律上問題はないのでしょうか。買主との信頼関係が大切な取引は別として、できることなら少なからず売買価格や取引の成否に影響する事情は話したくないところでしょう。

 もっとも、これを知らずに買ってしまった買主からは、①民法上の瑕疵担保責任に基づく損害賠償請求、②重要事項説明義務違反に基づく損害賠償請求、③売買契約の錯誤無効、④売買契約の詐欺取消を主張される可能性はあります。

 そこで、今回はこのような買主の主張が通るものなのか検討していきたいと思います。                                2 暴力団組事務所として使用している場合

 暴力団員が組事務所として使用している場合、瑕疵担保責任、重要事項説明義務違反によって損害賠償できることは、第8回法律相談で東京地方裁判所平成7年8月29日判決をご説明した通りです。

 組事務所である以上、そこには通常多数の暴力団員が出入りしているでしょうし、組合間の抗争も予想できますから、そのような事務所が存在すること自体通常住居が有する住み心地の良さを欠く状態(瑕疵)に該当します。

 但し、民法上の瑕疵は「隠れたもの」(外観から見て認識できないようなもの)でなければならないので、組事務所であることが買主の実地見聞時に看板、外装、黒塗りの自動車等から明らかである場合は、買主は当然このことを認識すべきであるので、瑕疵担保責任は成立しません。但し、宅建業者にはこのようなケースでも重要事項説明義務が生じている点は注意して下さい。

3 暴力団組員が個人の住居として使用している場合

  住居として使用している場合でも、単に暴力団員が住んでいることのみをもって、瑕疵担保責任や重要事項説明義務違反を追求することは困難です。

 この点の裁判例として東京地判平成9年7月7日は、瑕疵担保責任による損害賠償請求を肯定したものですが、それは当該住居に暴力団組員を多数出入りしていること、夏には深夜にわたり大騒ぎすること、管理費用を長期間にわたって滞納すること等の事情が存在することを根拠に瑕疵に該当する判示しているのであって、これら不当な行為が存在しないのに、単に居住しているだけで瑕疵を認定しているわけではない点に注意が必要です。

 次に、東京地判平成9年10月20日は、表札等の外見からは組合員であることとは分らず、他に暴力団関係者や組事務所として使用している外観を表示するものを設置しておらず、組員が出入りしていることも窺えず、賃料の支払も大方順調であり、賃貸人や管理人、他の本件マンション住人と紛争を起こしたり、苦情を寄せられたことはなかった点をもって、暴力団員が住んでいることは宅建業者の重要事項説明義務違反はないとしております。

 上記の2判例はいずれも、外観上暴力団としての不当な行為があるかないかという点に注目して結論を異にしています。ですから、単に暴力団員が個人として住んでるというだけで、外観的に居住状況が一般人とさほど異ならない場合は、これを説明する必要はありません。

 但し、上記判例が問題としたような不当な行為が、当該マンションにおいて見られるときは重要事項説明義務の対象となりますし、瑕疵にも該当しますので、この点の事実確認は必要かと思われます。

 もっとも、事実確認といっても、居住者のプライバシー権の関係上、近隣住民からのクレームが頻発しているか、帳簿上家賃を滞納してないか等をマンションの所有者や管理会社に確認すればで十分であり、改めて積極的な調査をする必要はありません。

4 錯誤無効の検討

 まず民法95条の錯誤無効について簡単に説明しますと、例えば買主がA物件を買おうと思っていたが勘違いしていてB物件を買ってしまった場合や代金100万円だと思って契約書にサインしたがそれは勘違いで契約書100万ドルとなっていた場合等、契約条項は正しいのだけれども自分が勘違いしていたためその物件やその代金で買うつもりはなかった場合に、その勘違いに重大な過失がない場合には、契約を無効に出来るというものです。

 では同じマンションにに暴力団員が住んでいるとは思わなかった、暴力団員が住んでいるだけで嫌なのでそのような物件は買う意思などなかったという場合はどうでしょうか。これは勘違いですし、単に物件を訪れただけでは暴力団員が住んでるか分らないのでその勘違いに重大な過失は認められないでしょう。

 しかし、このよう勘違いは「動機の錯誤」といって、そのことを契約時に売主に表明していないと錯誤主張できないというのが確立した判例です。A物件を買うつもりがB物件を買うというのと、A物件を買うつもりだったことはそのとおりだけどその購入動機として同じマンションに暴力団員が住んでいないことというのは別物です。勘違いに重過失がなければ何でも無効というのでは安全な取引などできません。そこで、判例は勘違いが単に付随的な購入動機(例;眺望がよいからこのマンションを買う)についての場合はそのことを契約時に表明していないと無効主張は出来きないこととしたのです。

 ですから、通常は暴力団員が同じマンションに住んでいないことなどとは表明していませんので錯誤主張はできません。

5 詐欺取消し

 民法96条の詐欺取消しとは、①嘘をつくことで②相手方を錯誤に陥らせ物件を買わせることです。この詐欺取消しでの錯誤には上記購入動機などの動機の錯誤も含みます。ですから、暴力団員が住んでいない点での動機の錯誤があっても良いことになります。

 しかし、詐欺は嘘をつくことが要件です。本件では何も説明していないだけですから積極的に嘘をついたわけではありません。もっても、説明義務があるのに説明しなかったというのであれば暴力団組員が住んでいることを隠したとして嘘をついたとみなされる可能性もあります。しかしながら、前記のように暴力団組員が単に住居として住んでいるだけの場合にはそもそも説明義務を負わないので嘘をついたとはいえません。

 従って、詐欺取消しもできません。

投稿者: 弁護士 秋山亘

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