弁護士 秋山亘のコラム

2019.02.12更新

物件内で自殺・殺人事件、病死があった不動産売買での注意事項

 

 

1 はじめに

 近年不況に伴い自殺者数が急増しております。また、老化社会に伴い一人住まいのお年寄りの自然死も増えています。このような社会的事情のもと、自殺やお年寄りの自然死があった不動産の仲介にあたるケースはますます増えてくるものかと思われます。

 そこで、今回は、①このような物件であることが後に買主に判明した場合に、買主は売買契約を解除し又は損害賠償請求をできるのか、②また、このような不動産の仲介に際して、宅建業者には重要事項説明義務として当該物件内で自殺や病死のあった事実を報告する義務があるのかについて、ご説明したいと思います。

2 買主による契約解除、損害賠償請求の可否

(1)瑕疵担保責任について

 買主が当該物件の売買について解除、損害賠償請求する場合の法的根拠としては、瑕疵担保責任(民法570条)が考えられます。

 瑕疵担保責任とは、

 ①「瑕疵」(目的物が通常有している性能を欠く状態)が契約成立前から存し、かつ②その「瑕疵」が「隠れたる」(契約時に通常の注意義務を尽くしてもその瑕疵を発見できない場合)ものであるときに、生ずる責任です。例えば、売買目的の建売住宅が欠陥住宅で、かつ売買時にも外見上はその欠陥が分らなかった場合が典型例です。

 責任の内容としては、その瑕疵による目的物の価値の減少分については、損害賠償請求でき、また、瑕疵によって契約の目的を達成できない場合には契約を解除することもできます。

(2)「瑕疵」にあたるか

 本件で問題となるのは、まず、上記欠陥住宅例のような物理的欠陥は誰の目から見ても瑕疵にあたることは明らかですが、本件のような自殺・病死の例については、これを気にしない人もいれば気にする人もいます。そこで、このように人の感じ方によって瑕疵となるか瑕疵とならないかが違ってくるようなケース(「心理的瑕疵」といいます。)でも、瑕疵担保責任の「瑕疵」に該当するのかという点です(なお、ここにいう心理的瑕疵のケースでは、建物での死体の発見が遅れたので建物から死臭が取れない等の物理的瑕疵がない場合をいいます。このようなケースでは、物理的瑕疵がありますので当然「瑕疵」にあたります。)。

 この点、判例は、自殺・殺人事件があったという心理的瑕疵も「瑕疵」にあたり得ると判示しています(ケースバイケースですのでもちろん「瑕疵」にあたらないと判断された場合もあります。)。他方、単なる自然死、病死については一般に瑕疵にあたらないとしています。

 判例は、「瑕疵」にあたるかの判断基準について、心理的瑕疵の場合は、買主の個人的感情といった主観的事情ではなく、客観的に建物が通常有する「住み心地の良さ」を欠いている状態にあたるかで判断すべきだとしています。そして、建物が通常有する「住み心地の良さ」を欠くか状態か否かは、以下の事情を総合評価して、「人の死亡にまつわる忌わしさが当該物件から相当程度薄らいでいるか」で判断されるものとしています。

(ア)死体の数、死体の状況

  死体の数が多いほど、また死体の発見状況が、首吊り自殺、割腹自殺又は一家惨殺殺人事件であったり、死体発見が相当程度遅れていた場合等、死体発見の状態が忌わしいほど瑕疵該当性は肯定され易くなります。

 逆に、自殺が睡眠薬の服用であったり、自殺後直ぐに病院へ運ばれた場合等の場合は肯定され難くなります。

 前記病死や自然死が一般に否定されるのもその忌わしさが低いからです。

(イ)死体の存在した場所

  死体の存在した場所が、寝室やリビング等の人の日常生活空間であれば肯定され易くなります。

 逆に、複数人が出入りするマンションの階段・廊下については通常否定されるでしょう。離れの物置等についても居室等よりは否定され易くなります。

(ウ)死体発見時からの期間の経過

 年数が経過すればするほど過去の事実となってその忌わしさも軽減されます。事案にもよりますが判例は6・7年経過した物件について忌わしさを軽減する一事情としています。

  また、いったん他の人に貸してその間大過なく過ごして引っ越したのならば、これも忌わしさを軽減する要素になります。逆に、当該自殺等の事情にまつわる嫌悪感から引っ越したのであれば忌わしさを肯定する事情になってしまいます。

(エ)建物の物理的状況

 建物内に血痕や髪の毛等死体の痕跡が残っていると、忌わしさを肯定する重大な要素になってしまいます。逆に、当該建物を一度更地にし建て直した等の事情があれば忌わしさを軽減する重要な事情になります。

(オ)購入目的

 購入目的が居住目的ではなく営業目的、事務所目的、倉庫目的であれば瑕疵該当製は否定され易くなります。

(カ)売買価格

  売買価格が低く抑えられており、自殺等の事情がきちんと価格に反映されていれば瑕疵該当性は否定され易くなります。

(キ)地域

  当該地域が人の出入りが多い都市であれば、自殺等の噂も比較的早くなくなるでしょう。逆に、出入りがほとんどない田舎であったりするとその噂もなかなかなくなるものではありません。このような理由で、判例は当該地域の人の出入りの多さや地域社会の密接度等も考慮しています。

(3)忌わしさ軽減の為に売主として為すべきこと

 上記判断要素に照らして、以下のことをすることで忌わしさを軽減でき、瑕疵該当性を否定できるか、否定はできなくても損害賠償請求時の損害額軽減につながるものと思われます。

(ア)内装を一変する、建物自体を建て替えること(いったん取り壊して駐車場等にすれば大抵の事案では瑕疵該当性は否定できるでしょう)

 最低限血痕や死臭を残さないこと(これが残っていれば瑕疵を肯定されても仕方がありません)

(イ)自殺等について気にしないという人や営業目的の利用者にある程度の期間事情を話して安く貸すこと

(ウ)お払い等もしておくこと

(4)「隠れた」瑕疵にあたるか

 買主が予め自殺等があった事実を知って入居した場合は、「隠れた」瑕疵といえないので、売主は瑕疵担保責任を負いません。

 また、買主に自殺等の事実があったことを知らなかった点に過失があるといえる場合にも「隠れた」瑕疵には該当しません。ただし、物件を内見しただけでは既にリフォーム済みであったりして、買主はこのような事情を知り得ないのが通常ですので、当該物件が自殺・殺人事件として地元メディアで報道されており、かつ買主が地元の不動産業者であった場合のような特別の事情がない限り、知らなかったことの過失を理由に「隠れた」瑕疵の該当性を否定することは難しいでしょう。

(5)瑕疵該当性が肯定された場合の損害額

 裁判例では、事例にもよるが、殺人事件等のひどい事案でも購入価格から建物価格の30パーセント前後の損害額しか認めていない事例が多いです。

 また、殺人事件で床下に遺体を埋めた等の事案では建物の損害に加えて土地に対する損害賠償の請求もできるとしています(但し、損害額は建物より低いです。)。

3 自殺、病死の説明義務

 宅建業法35条1項には重要事項説明義務についての重要事項について列挙されていますが、この説明義務は列挙事項に限定されるものではありません。これまで説明してきたような心理的瑕疵が存する場合にも説明義務の対象になります。

 但し、説明義務があるというためには、前提として自殺・殺人事件の有無についての調査義務が認められなければなりません。そこで、自殺・殺人といったプライバシーに関する問題についても売主から根掘り葉掘り聞く義務があるかといえば、確定的な裁判例はないですが、売主のプライバシーの侵害を理由に消極に解すべきだとの見解が多いです。

 従って、説明義務が課されるのは、宅建業者が、ニュース報道や近隣の不動産情報として知っている場合か容易に知り得る場合に限られる場合が多いものと思われます。かかる説明義務が認められるのにこれを怠れば、宅建業者は説明義務違反を理由に損害賠償請求をされます。

 病死・自然死については、前記のとおりそもそも瑕疵にあたらないので、通常、説明義務の対象にはなりません。

投稿者: 弁護士 秋山亘

COLUMN 弁護士 秋山亘のコラム
FAQ よくある質問
REVIEWS 依頼者様の声