弁護士 秋山亘のコラム

2018.10.22更新

賃借人による敷金と家賃の相殺の可否 

 

<質問>

 私は、店舗を借りて飲食店の営業をしている者ですが、賃貸借契約の際に、敷金として6ヶ月分を差し入れています。営業が不振なので、当面、敷金の一部を賃料の支払いに充てたいと考えております。家主に敷金と家賃の相殺を請求することは可能でしょうか。

 

<回答>

1 この問題は、賃借人が家主に預け入れた敷金の返還請求権の発生時期と関連する問題ですが、最高裁昭和48年2月2日判決(民集271・80)は、敷金返還請求権の発生時期について、建物の明け渡し時だと判示しています。

 これは、敷金の法的性質について、賃貸借契約の継続中の賃料だけでなく、賃貸借契約が解除等により終了した後の賃料相当損害金、また、建物の原状回復費用など明け渡し時までに賃借人が負担すべき一切の費用を担保するために預け入れられているものであることを理由とします。

 したがって、賃貸借契約の継続中においては、賃借人の家主に対する敷金返還請求権の弁済期が未だ発生しておりませんので、賃借人の方から家主に対し、敷金の一部と賃料との相殺を請求することは出来ません(大判大15年7月12日・民集5・616)。

 なお、上記の点は賃貸借契約書において相殺禁止の条項が入っていなくても同様です。

 もっとも、当然のことですが、家主が相殺を同意すれば相殺することも可能ですので、賃借人と家主の個別的な合意書を締結することによって相殺することは出来ます。

2 では、賃借人が家主に対し、一方的に敷金と家賃との相殺を通知した場合に、賃借人は、どのような不利益を被る事になるのでしょうか。

 前記の通り、建物明け渡し以前における家賃と敷金の相殺の主張は無効ですので、家主としては、賃料の不払いを理由に賃貸借契約の解除をすることができます。そして、賃料未払いの期間の長さや賃借人の対応に鑑みて、賃借人と賃貸人の信頼関係を破壊するとの事情が認められれば、契約解除は有効とされます。

 この点、最高裁昭和45年9月18日(判時612・57)も、敷金16万円、未払賃料20万円、賃料1ヶ月8万円という不動産賃貸借契約において、敷金と未払賃料を相殺すれば賃料の滞納は1ヶ月分にもならないという事案において、賃貸借契約において敷金が差し入れられていたとしても、敷金の性質上、特段の事情がない限り、賃料延滞を理由として契約を解除することができ、右解除が信義則に反し権利濫用であると認めることは出来ない旨判示して、解除を有効と判断しております。

 したがって、賃借人としては敷金を預け入れている場合においても、一方的に敷金と賃料の相殺を通知することは、賃貸人から契約解除をされてしまう不利益を被ることが予想されます。

3 なお、建物の明け渡し後において、賃貸人に対する敷金返還請求権と未払賃料を相殺する(或いは敷金と未払賃料が当然に充当される)ことは可能です。

実際にも、賃借人としても賃貸借契約の解約を考えているが、賃貸人側に敷金の弁済能力がなく、預け入れている敷金が返還される見込みがないという事案では、解約申し入れの数ヶ月前から賃料の支払いを停止し、賃貸借契約の解約を申し入れて、建物の明け渡しを行った後に、敷金と未払賃料を相殺する(或いは当然に充当される)という方法で預け入れ敷金の回収を図るという方法が実務上行われております。

投稿者: 弁護士 秋山亘

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